チェギョンのアパートを後にしたシン・ナムギルとイ・スンレ夫妻は、駐車場までの道のりを
重い足取りで歩いていた
『あなた・・・私はそんなに傲慢だったのでしょうか。
チェギョンを産んだ時・・・人にはそれほど傲慢に映ったのでしょうか。
あの子は・・・写真さえ採って貰えず、成長を祝って貰う事も無く・・・どれだけ寂しい思いをしてきたのか・・・』
『写真が嫌いだった・・・私達の為にそう言ったあの子の顔は、本当に不憫だった。
なぜ私達の子がこんな苦労をさせられなければならないのか・・・それはスンレのせいではない。
何もかも自分勝手で自分の子供のことしか考えない、ヒョリンの生母のせいだ!
決してスンレ・・・お前が傲慢だったからではない。
だがあの様な環境に育ったのに、チェギョンはいい子に育ったな。きっとあの▼■食堂の店主の様な
チェギョンを見守ってくれる人たちが沢山いたのだろうな。』
『そうですね。そうでなかったらあんなにも素直には育ちません。
きっとどこか歪んだ性格になっていた筈ですわ。』
『スンレ・・・私は心配なのだよ。』
『そうですね。心配なことだらけです。正直な気持ちを言うと・・・私は帰国したヒョリンに
以前と同じ様に接することが出来るか自信はありません。
子供達を取り替えたヒョリンの生みの母を憎んでいます。』
『スンレ・・・それは私も一緒だ。真実を知ってしまった以上、今までの様にはいかないだろう。
だが一日でも早くチェギョンを手元に置きたいのだ。お前もそうだろう?』
『ええもちろんです。写真もたくさん撮ってあげたいし美味しいものもたくさん食べさせたい。
一緒にショッピングにも行きたい。やりたい事が・・・ありすぎます。』
『私も同じ気持ちだ・・・』
『あ・・・イ家からヒョリンとの縁談は無かったことにして欲しいと言ってきましたわ。』
『そうだろうな。ヒョリンと縁を結んだのでは、先代も納得できないだろう。』
弁護士を通じチェギョンの戸籍をシン家に移す手続きを進めているナムギル
今までできなかった事をすべてやったとしても、恐らく心の傷は癒えないだろう
過ぎてしまった18年という歳月は・・・もう取り返しがつかない
そんな頃チェギョンは携帯を取り出し初めてシンに電話を掛けた
この一件を相談できる相手は、シン以外にはいなかったのである
シンは遅い時間だというのにすぐに電話を取った
『もしもし?』
『あ・・・シン君?チェギョンだけど、こんな遅い時間にごめんね。もう眠ってた?』
『くっ・・・子供じゃないんだからまだ起きてるよ。』
『良かった。あのさ・・・少し話せる?』
『あぁ、大丈夫だ。』
『今日・・・シン家のご主人とイ・スンレさんがバイト先に来たの。』
『本当か?』
『うん。私はシン家の娘だから、シン家で一緒に暮らそうって・・・』
『良かったじゃないか。』
『うん・・・でもさ・・・』
『なんだよ。なぜそんなに気が重そうな声になる?嬉しい筈だろう?』
『ヒョリン・・・』
『あぁ・・・ヒョリンを気にしているのか?』
『うん。』
『お前さ・・・何をそんなにビビっているんだよ。お前は何も悪くないだろう?むしろ当然の権利だ。
堂々とシン家の娘だってその場にいたらいい。』
『出来ないよぉ・・・』
『あぁ?なぜ・・・』
『今までの私とヒョリンの立ち位置知っているでしょう?ヒョリンはなんでも自分が一番じゃなきゃ
気が済まない人だよ。』
『だからってお前が遠慮する必要はどこにもない!』
『でもヒョリンの反応が怖いんだ。もし私とヒョリンの立ち位置が逆転したと知ったら・・・どんなことになるか・・・』
『っつ・・・本当にビビリだな。幸い我が家の家族は、明日シン家に伺うことになっている。』
『えっ?本当?』
『あぁ。母さんに至ってはお前とシン家を引きあわせた張本人だしな。
見届けなきゃ気が済まないだろう?くくっ・・・。もう今から気合入れているよ。』
『そっか~シン君とミンおば様も来るのか。なんか・・・心強い♪』
『だから安心してヒョリンと対面したらいい。』
『うん。解った。』
『もう大丈夫か?眠れそうか?』
『うん。安心して眠れそう。』
『じゃあまた明日なシン・チェギョン。シン家でな・・・』
『うん~~♪』
本当の名前で呼んでくれたのは、親以外ではシンが初めてだった
シン・チェギョン・・・チェギョンは本当の名前、そして明日から始まる新しい生活に期待を募らせ
やはりなかなか眠れなかった
翌朝・・・待つのがもどかしかったのか、シン・ナムギルは随分早い時間からチェギョンを迎えにやって来た
『チェギョン・・・少し早すぎたかな?』
『いいえ大丈夫です。』
『じゃあ家に行こう。』
『はい!!』
ナムギルの運転する高級車に乗せられ、チェギョンは心臓が飛び出しそうなほど緊張していた
そして何を話していいか分からず、ただ無言で俯いていた
ナムギルはそんなチェギョンに声を掛けた
『勝手な事をしてすまないと思うが、あのアルバイト先には辞めると告げて来たよ。』
『えっ?でも人手が足りないのでお店に迷惑掛けちゃいます。』
『いいや・・・あの食堂のアルバイトなら他にいくらでも代わりが居る。
だがシン家の娘に代わりは居ない。チェギョンだけなんだよ。
だからチェギョン・・・君はこれからはアルバイトで時間を費やすことなく
今までできなかった事を存分にして欲しい。大学にも進学して欲しい。
何かしたい事は・・・ないかね?』
『あ・・・あのっ・・・美術科なのでもっと絵を学べたら・・・嬉しいです。』
『そうか!!チェギョンは絵を描くのが好きなんだね?』
『はい。』
『そうか。こうやって好きな事・・・好きな物・・・ひとつひとつ教えて欲しい。それが私達夫婦の望みだ。』
『はい。ありがとうございます。』
『どうやら妻は・・・君との親子鑑定が確定した時から、今日の準備を始めていたらしい。
家の中で一番日当たりの良い客室を、すっかりチェギョンの部屋に作ってある。』
『えっ?本当ですか?』
『本当だよ。スンレの趣味が・・・チェギョンの喜ぶものだったらいいが・・・もし好みじゃなかったら
はっきり言ってくれていい。遠慮などしちゃあいけないよ。』
『そんな・・・お・・・おかあさん・・・が用意してくれた物を喜ばない筈・・・ありません。』
『お・・・おかあさん?今、スンレをお母さんと呼んだかい?
じゃ・・・じゃあ私も・・・同じ様に呼んでくれる・・・のかな?』
『あ・・・はい・・・お・・・お・・・///おとうさん///』
『なっ!ばぜそんなに顔を赤くするんだい?そっそれでは愛の告白をされているみたいだ。ははは・・・』
お父さんと呼ばれて嬉しさが隠しきれないナムギル
当のチェギョンは、初めて父と呼べる存在が出来たのだ。嬉しいより照れ臭さの方が大きい
(いいものだな。こんなに頬を染めて父と呼んでくれるなんて。
チェギョンを見ていると本当に胸が痛くて
そして温かい気持ちになる・・・)
不覚にも涙が溢れそうになるのを必死に堪え、ナムギルは一秒でも早くとチェギョンが来るのを待っている
スンレの元へと急ぐのだった
ナムギルの車がシン家の敷地内に入っていく
『広い・・・』
緑が一杯の庭の私道を走っていくナムギルの車は、やがて大きな屋敷の前に到着した
(ここが・・・私の家?うそみたい・・・)
大きな屋敷を目で確認するように視線を泳がせていると、玄関からスンレが飛び出して来る
『チェギョン!!いらっしゃい。』
『お言葉に甘えてきちゃいました。お・・・お母さん。』
『お母さん・・・』
感極まったかのように一瞬目を伏せるスンレ。だが必死に笑顔を作りチェギョンの肩を抱いた
『早く家に入りましょう。』
『はい!!』
チェギョンはスンレに促がされ、リビングやキッチンを案内され・・・それから二階に連れて行かれた
そして南向きの大きな部屋のドアを開けた
『ここがチェギョンのお部屋よ。』
『えっ?・・・』
先程まで住んでいたアパートの何倍あるだろうと思うほどの広さの部屋に、セミダブルのベッドや立派な机
そして見るからに高級そうな家具が置かれている
その時・・・階下でミンの声が響いた
≪スンレさ~~ん♪来たわよ~~♪≫
『あら・・・もうミンさん達いらっしゃったみたい。チェギョンは部屋の中を見て、気に入らないところがあったら
あとで教えてね。じゃあ先に下にいっているわ。』
『はい。』
スンレが去った後、チェギョンはその真新しい部屋の中を見て回った
風にそよぐレースのカーテン。大きなベッドも机も・・・今までの自分の常識では考えられない世界だった
『なんか・・・お姫様になったみたい・・・。もしかしたらこれは夢なのかな・・・』
あまりの驚きにチェギョンがそう呟いた時だった
『夢ではございません。チェギョンお嬢様・・・』
いきなり声を掛けられ、驚いて振り向いたチェギョンは入口に女性が立っている事に気がついた
『あ・・・あのっ・・・』
『あ・・・申し遅れました。私はこの家にお仕えしているチョンと申します。
お嬢様のお話は奥様から窺っております。奥様はお嬢様が本当の娘さんであると知った日から
こちらの部屋の家具を毎日ひとつずつご購入されたのです。
お嬢様がこの家に来る日をどんなにか待っていらしたことか・・・。』
『そうでしたか。ありがとうございます。これからお世話になります。
色々解らない事ばかりですが、どうか教えてやってくださいね。』
『あ・・・笑顔が奥様によく似てらっしゃいますね。チェギョン様・・・
こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。さぁ・・・階下に参りましょう。お茶の準備が出来ております。』
『はい。』
メイドのチョンに促がされ、チェギョンがリビングに入っていくと・・・そこにはミンやシン・・・
そしてチェギョンは初対面のイ・ヒョンも並びお茶を飲んでいた
『はじめまして。あの・・・ミンおば様には大変お世話になっております。
チェギョンと申します。どうぞよろしくお願いいたします。』
『君がチェギョンさんか。良かったね。本当の家に帰ってこられて・・・』
『はい!!おば様のおかげです。ありがとうございました。』
ナムギルとスンレは自分達の間にチェギョンを座らせ、安堵したように時折チェギョンの顔を眺めては
笑顔を浮かべている
そんな幸せな時間が永遠に続くかと思った矢先・・・耳障りなトーンの声質がリビングの扉が開くと同時に響いた
『もぉ!!パパったらなぜ空港まで迎えに来てくれないの?
いつもは迎えに来てくれるのに・・・。折角可愛い娘が帰って来たのよ。あんまりじゃない?』
シン家イ家が揃う中、帰国したヒョリンの傍若無人な登場は、一瞬にしてその場の空気を凍り付かせた
お!!いよいよ来たか?耐えてゾーン
っていうかこのお話
最初から耐えてゾーンだったよね。
だから今更って感じかな・・・
さて次回ヒョリンが大激怒
そして戦うチェギョンの巻です。
(≧▽≦)ノ”ギャハハハ!