季節は巡り、二人が出逢ってからちょうど一年・・・
春休みの真っ最中の二人は、春休みであるにも拘らず公務と訓育に忙しい日々を送っていた
そんな二人を不憫に思ったのか、本日は皇帝陛下直々に休暇を取るようにとの命令が下った
シンとチェギョンは二人朝食を摂りながら、各々今日は何をしようかと考えているようだ
シンが思い切ってチェギョンに提案をする
『チェギョン・・・お前と初めて逢った無人駅・・・あそこに行ってみないか?』
『えっ?シン君・・・私達が出掛けるとなると、コン内官さんやイギサのお兄さん達もお仕事が増えて大変だよ。
それに・・・あの駅に行くのは少し遠いよ。さらに・・・知ってた?あの駅ね、あの頃と違うんだよ。』
『あの頃と違う・・・とは?』
『あの駅もう・・・無人駅じゃないの。』
『なにっ?一体いつの間に・・・』
『私達の婚約が発表されて、どこでどう噂が流れたのか・・・あの駅が≪縁結びの駅≫として
有名になっちゃってね。駅員さんもいるし・・・今じゃあお土産物屋さんもあるんだって。』
『なんだと?あの駅に土産物屋だなんて・・・流行る訳がない。』
シンは思い出の場所がすっかり様変わりしたことを知り、落胆の表情を浮かべた
『それが・・・流行っているらしいんだ。シン君と私のマスコット。』
『あぁ?俺とお前の?』
『うん。』
『そんなのは肖像権の侵害だろう?』
『いや・・・ただの≪縁結び駅のマスコット≫と言うだけで、私達の名前はどこにも出ていない。
でもそっくりだって言う噂だよ。名前が出ていないんだから肖像権の侵害も何もないよね。くすくす・・・』
『俺達のマスコットが・・・縁結び祈願になっているのか?』
『公然とじゃないけどそうだよ。でも・・・そうしたい気持ちもわかる。だって不可能を可能にしたんだからね♪』
『くっ・・・俺達の縁にあやかろうと言うのか?』
『そうだよ。藁にもすがる気持ちの人はいっぱいいるもん。』
『そうか・・・そんな場所に俺達がお忍びで行ったとしても、きっとすぐに見つかってしまうな。』
『うん。シン君は目立つから~~♪くすくす・・・
あっそうだ!あの駅に行った気分だけでも味わうのはどう?』
『気分だけでも味わう?』
『うん。私エッグタルト買って来るよ♪』
『なにっ?チェギョンお前な・・・もうお前だって世間に顔を知られているんだぞ。自覚しているだろう?』
『そりゃあ自覚はしているけど・・・自転車でスイスイーーーって行けば・・・』
『馬鹿かっ!今のお前を一人で外に行かせられる筈ないだろう?』
『えっ・・・ダメ?』
『ダメに決まってる。』
『シン君は・・・エッグタルト食べたくないの?』
『そりゃあ・・・食べたいが。』
『じゃあ行って来るよ~♪』
『自転車で行くのは許さない。行くなら車で行け!』
『本当?車でだったら行って来てもいい?』
『あぁ。チョン女官を同行させろ。』
『うんうん!!』
『だが・・・変装はして行くんだぞ。皇太子の婚約者だと悟られるな!』
『うんうんうん~~♪』
そうしてチェギョンとチョン女官は、朝食後互いに変装をし公用車に乗り込んだ
もちろん皇室のマークなど入っていない車なので、傍目にはただの高級セダンの様に思われるだろう
チョン女官は普段よりもラフなスーツ姿・・・チェギョンは普通の高校生らしいスタイルに
髪をツインテールに結び黒縁の伊達眼鏡を掛けた
『さぁお姉さん行きましょう~♪』
『チェギョン様、はしゃぎ過ぎですよ。』
『えへへ~~♪えっと・・・何個買ってきたらいいかな・・・。
まずはコン内官さんやチェ尚宮さんがお毒見って言うでしょう?お姉さんはもちろん他の女官のお姉さんも
食べるでしょう?イギサのお兄さんも食べたいですよね?』
突然チェギョンに話しかけられ、運転しているイギサは動揺しながら首を横に振った
『いえっ!私達は結構です!!』
助手席に座っているイギサも、同様に首を横に振った
『そっか~~お兄さん達は甘いものはあまりお好きじゃないと・・・
あ~~でもぉ・・・もしかして内緒でエッグタルトを食べたなんて後で知ったら、皇太后様と皇后様が
拗ねちゃうかもしれない。ん~~10個入りを・・・5箱?』
そのとんでもない数を買ってこようとするチェギョンの呟きを聞き、チョン女官は呆気にとられ口を開いたまま
チェギョンを見つめた
『チェギョン様・・・こちらでよろしいですか?』
イギサの声にチェギョンは窓の外に目を向けた
『はい~~♪そうですそうです。行って来ます~♪』
ドアを開け外に出ようとしたチェギョンを、イギサが制した
『お待ちください。』
そして助手席側のイギサは車を降り、後部座席のドアを開けチェギョンとチョン女官が降りた後その背後から
共に着いて行く
もちろんチェギョンの身の安全を守るためである
チェギョンは意気揚々と開店直後のその店の扉を開け・・・そしてチョン女官と共にショーケースに向かった
『あの~すみません。エッグタルトの10個入りを5箱ください。』
『かしこまりました。』
目をまん丸にし口角を上げるチェギョンは、エッグタルトを持ち帰れる喜びに溢れている
(そういえば、前回このお店に買いに来た時は自転車だった。内緒で来たから隠して持って帰ったっけ。
あの時は汗だくで大変だったよね~~!今は車でスイスイーーーっだもんね~♪
シン君・・・いくつ食べるかな~♪)
一人そんな事を考えている間に、商品の準備が出来たようだ
『大変お待たせいたしました。』
チェギョンは支払いを済ますと商品を受け取り、くるりと振り返った
その時・・・背後に立っていた客とぶつかり、チェギョンは伊達眼鏡を落としてしまった
『あ・・・すみません。』
落とした伊達眼鏡を拾ってくれた女性は、その眼鏡をチェギョンに返しながらチェギョンの顔を凝視し
そしてポツリと呟いた
『あ・・・えっ?皇太子殿下の・・・婚約者じゃ・・・』
『えっ?いえ違います~~!!』
慌ててその場を立ち去ろうとするチェギョン。チョン女官と店内で待機していたイギサは、
チェギョンを隠しながら車に戻っていく
三人が車に乗り込むなり、公用車はすぐに宮殿に向かって走り出した
恐る恐るチェギョンが振り返ってみると、その女性ばかりでなく店の店員さえも公用車をずっと見つめていた
『あぁぁ・・・見つかってしまったでしょうか?』
『恐らく・・・』
『あぁぁ・・・叱られます。どうしましょう・・・』
『大丈夫でしょう。あまり気になさらない方がよろしいかと存じます。』
自分の素性がばれたことで、少ししょげ返ったチェギョンではあるが・・・それも東宮に到着するまでのことだった
東宮に到着しコン内官やチェ尚宮の出迎えを受けながら、その手に一つ一つエッグタルトを手渡す時には
先程のしょげ返った気分はすっかり忘れていた
『お毒見です。どうぞご賞味ください♪』
苦笑しながらもそれを受け取るコン内官やチェ尚宮・・・そしてチョン女官には箱を一つ手渡した
『お姉さん、慈慶殿のお姉さん方に≪お茶菓子≫と言って渡して来てください。』
『かしこまりました。』
チョン女官は急いで制服に着替え、そして古巣の慈慶殿に急いだ
チョン女官が慈慶殿にエッグタルトを届けたことで、≪東宮に美味しい菓子がある≫との噂は皇太后の耳に入り
すぐさま三陛下お揃いで東宮に顔を見せた
『チェギョンや・・・何やら美味しい菓子があるという噂だが?』
『はいっ!!皆さんの分もございますぅ~♪チェ尚宮さん・・・すみませんが応接室に
お茶をお願いできますか?』
『はい。かしこまりました。』
東宮に三陛下がやってきたことで、≪あの日の気分だけでも味わう≫計画が台無しになってしまったと
少し不機嫌なシン
だがそこは気を取り直し、箱の中からエッグタルトを2個こっそりと隠すとシンはソファーに腰掛けた
『おぉ・・・これがエッグタルトという菓子か?』
『はい。皇太后様・・・どうぞご賞味ください。』
チェ尚宮の煎れてくれた茶を楽しみながら、エッグタルトを食す皇室一家
まだ婚姻前とはいえ、チェギョンはすっかり皇室の一員になっている
『これはなかなか美味しい菓子だな。甘さも程良く、実に美味だ。』
『そうでございましょう。皇帝陛下。』
『チェギョンや・・・一人1個しかないのか?』
『あ・・・皇后様・・・申し訳ございません。沢山買って来たのですが、お毒見役が大勢おりまして・・・えへへ。』
『そうなのか。それは非常に・・・残念だ。』
三陛下もエッグタルトを大変お気に召したようであった
その日の夕方・・・シンはチェギョンを執務室に呼びだした
窓から差し込む夕日は、二人が家出をしたあの日に似ていた
『チェギョンここに腰掛けろ。』
シンに促がされソファーに腰掛けたチェギョン。シンはその隣に腰掛けチェギョンの手に先程隠し持っていた
エッグタルトを載せた
『あっ・・・シン君・・・隠していたの?』
『あぁ。応接室では≪あの日の気分を味わう≫っていう雰囲気じゃなかったからな。』
『あ・・・それでこの時間なんだ。』
『あぁ。食べよう。』
『うん♪』
お互いの手元にはエッグタルトが1個ずつあるだけだ
だがあの時と違って心が満たされている
窓から差し込む夕日を浴びながら、二人はあの日に想いを馳せそして微笑み合った
後日・・・ネットではあのエッグタルトの店が≪皇室御用達≫と大評判になり、店側は嬉しい悲鳴を上げていた
そしてその店からシン・チェギョン宛てに、大量のエッグタルトが届けられたそうだ
宮殿に仕える者達はもちろんの事、皇室一家もまたエッグタルトを心行くまで味わうことが出来たのだった
そろそろお話をぶっ飛ばし・・・
婚姻させようかと思っておりまする❤
婚姻させようかと思っておりまする❤