チェギョンが慈慶殿に仕えるようになってから二カ月が過ぎた
その間にいただいた手当は、もちろん手つかずのまま皇太后の元にチェギョンは持参した
皇太后は受け取らないと言い張ったのだが、頑固さは祖父譲りのチェギョンである
頑として皇太后のいう事を聞こうとはしなかった
仕方がないと皇太后は、チェギョンが宮殿に上がった時と同じ様に、その封筒の中から数枚の紙幣を抜き取り
チェギョンに渡すと、残りの手当はシン・チェギョン名義の預金通帳に入金した
そしてやはり親子である。父のナムギルも全く同じ事をしてくる
だがさすがに皇太后は、ナムギルが持って来たその封筒を突き返し
『借金の返済はチェギョンで十分まかなえる。これはそなたが家に持って帰りなさい。
奥さんに苦労を掛けるものではないぞ。』
『皇太后様・・・それでは私のメンツが立ちません。』
『そなたのメンツなどどうでもよいのだ。ほほほ・・・私はそなたに職を見つけてあげただけだ。
今後そなたは借金の事は一切気に掛けなくてよい。すべてはチェギョンが上手くやってくれる。』
『ですが皇太后様~~!!』
『もう下がりなさい。帰って奥さんと一緒に食事でもしたらいい。よいな!!』
『ですが・・・皇太后様ぁ~~~~!!』
内官によって退室させられたナムギル
情けないやらありがたいやら・・・宮から頂いた手当はスンレに手渡され、ナムギルは一家の主としての生活を
取り戻した
二か月の間チェギョンは一日置きに本殿を訪れていた
もちろんそれは両陛下の肩揉みをし、気持ちまでリラックスして貰う為だ
最初は酷い肩凝りでチェギョンの肩揉みなど鼻でせせら笑っていた皇帝陛下だったが、回を増すごとに
自ら皇后の部屋を訪れるようになり、そのうちには率先してチェギョンに背中を預けるようになっていった
『ぐっ・・・ぐぅ・・・そっそうだ。そこが・・・辛いのだ。』
『ここですか?陛下・・・』
『ああ・・・もっと力を・・・入れるのだ。うがっ・・・』
『はいっ!!』
その頃にはチェギョンの腕は、本当に筋肉質になってしまっていた
『チェギョン・・・』
『はいっ!!』
『太子は妃を決めたようか?』
一瞬にして手が止まってしまうチェギョンである。だがすぐに女官見習いの顔を取り繕い、口角を上げると
肩揉みを再開した
『一生懸命悩んでおられるようです。』
『そうか。そなたが背中を押してやりなさい。』
『はい・・・』
『ところで、以前漬けていたキムチは・・・出来上がったのか?』
『はい。そろそろ食べ頃です。』
『そうか。今夜の夕食時に≪マイルドタイプ≫を出して貰おうか。』
『えっ?・・・(なぜマイルドタイプがある事をご存知で?)あ・・・はい!!かしこまりました♪』
『今週末、太子の妃を決定する宴が開かれる。そなたは確か日曜は休みだったな?』
『はい・・・さようでございます。』
『その日は特別に勤務して貰えるか?』
『はい。』
『太子といい友達のそなたなら、きっと一番よいと思う相手を太子に推薦してくれるだろう。』
『はい。そういたします。』
顔で笑って心で泣いて・・・チェギョンは表向きの笑顔は浮かべているものの、その胸中は土砂降りの様に
涙で溢れていた
その夜の夕食にチェギョンと女官達が漬けたキムチは、宮殿内に一斉に振舞われた
皇族にはもちろん≪マイルドタイプ≫が女官達には一般のタイプが食卓の隅に並んだ
宮殿に住む人達には懐かしい味・・・母の味と言っても過言ではないそのキムチを、皆食事の箸休めとし
しばし幸せな気分に浸るのだった
もちろん出資した慈慶殿の女官達は、今後しばらく食事の友にキムチが並びそうである
その夜の宿題タイムの時間・・・チェギョンは思い切ってシンに問い掛けた
『シン君・・・今週末お妃選びの宴が開かれるんだってね。』
『あぁ?・・・よく知っているな。』
『うん。皇帝陛下からお聞きしたの。』
『そうか。』
『私もお世話に駆り出されることになった。』
『なぜだ!!お前は出なくていい。』
『でも陛下から直々に勤務する様言い渡されたんだ。お断りする事などできないよ。
シン君・・・いい人見つかった?』
『さぁな・・・』
『きっと中には素敵な人がいる筈だよ。ちゃんと心の目で見極めてね。』
『・・・・・お前には来て欲しくない・・・』
シンは精一杯の想いを淡々と口にする
想いを寄せる相手の前で・・・また自分を想ってくれている人の前で
他の女性の手を取らなければならない事・・・これはシンにとって何よりも苦痛なことだった
もちろんそれはチェギョンにとっても同様であろう
そんな気持ちを誤魔化すかのようにチェギョンはポツリと呟いた
『大丈夫。この先どんなことがあっても私はこの宮殿に居るから・・・
シン君の愚痴も辛さも全部受け止めるよ。』
今後女官となった時に、どこまでシンの心の中に立ち入れるかは分からないが
せめてそんな形でも傍に居られるのならそれで満足だ・・・と、そう思うチェギョンだった
日曜日・・・それはシンのお妃が決定する日だった
とても気は重かったが陛下の命令に背く訳にはいかない
チェギョンはいつも通り着替え皇太后の元へと向かった
『皇太后様おはようございます。朝のお茶をお持ちいたしました。』
『おぉ~チェギョンや、お休みなのにすまないのぉ。そなたの特別勤務はパーティーまででよいからな。』
『はい。ありがとうございます。』
『今日は正式な行事なのでな、これを着るがよい。』
『はい。』
手渡された箱の中には地味な色合いではあるが、ドレスと言える物が入っていた
『皇太后様・・・あの、私は女官服の方が良いかと思います。』
『いやいやそれでは私が嫌なのだ。派手なものではない。仕事をするのにも邪魔には成らぬ。
これに着替えるのだ。よいな!』
『はい・・・』
もちろん制服とはとても言えないドレスではあるが、今までも制服に関しては特別扱いだったのだ
チェギョンは素直にそれに着替え、尚宮や女官と共に迎賓館に向かった
『さて・・・お妃候補は・・・ほぉ、美しい娘が揃っておるな。』
皇太后がそう言うのも無理はない。皆王族の気品を備えた令嬢ばかりだ
皇太后は皇帝陛下や皇后と共に席に着き、会場の様子を見渡した
『太子は・・・おぉもう来ているようだな。』
『はい皇太后様。もう随分前から太子は会場に入っておりました。』
『だが・・・顔色が優れぬのぉ・・・』
『はい。誰一人として話し掛けようといたしません。』
『ふむぅ・・・困ったものだのぉ・・・』
『令嬢達は皆、太子に話し掛けられるのを待って居る様ですが、先程から太子があの調子で・・・』
『本当に・・・困ったものよのぉ・・・婚姻する気はないのかもしれぬな♪』
『さようでございますね・・・・♪』
さりげなく二人がそう言いながら口角を上げた時だった
皇帝陛下はホールの隅に待機しているチェギョンを手招きして呼びつけたのだ
チェギョンはホールの隅から皇帝陛下の元へ駆けつけ頭を下げた
『陛下・・・お呼びでございますか?』
『ああ。太子が・・・妃を決めかねているようだ。そなたが太子の元へ行って、背中を押してやりなさい。』
さすがのチェギョンもその言葉には愕然としてしまったようで、暫く返事に困り・・・それから漸く口を開いた
『申し訳ございません。陛下・・・その御役目はどうかご容赦いただけませんか。』
いくら自分の立場をわきまえているチェギョンでも、平常心でシンにお妃をこの場で決定しろと言える自信は無く
陛下の前でただ俯いてしまうのだった
さて~~チェギョンどうする?
シン君どうする?
次回どうぞお楽しみに~~❤