思い悩んだ末、俺は恐る恐るコン内官に相談を持ちかけた
『コン内官・・・そのシン家の借金とやらは、私の私的財産で賄える額か?』
コン内官は俺の言葉に大層驚き、愕然とした表情で俺に告げた
『殿下・・・それは全く問題ございません。ですが、なんの面識もない家の借金を皇太子殿下が肩代わりするなど
皇帝陛下がお許しになる筈もございません。
殿下・・・ひとつお尋ねいたしますが、なぜシン・チェギョンさんの家の事を気になさるのですか?』
『それは・・・』
その問いに答えられる筈もない。意識不明になっていた時の事を話したところで到底信じては貰えないだろう
何もできないのか?俺は・・・
チェギョン一人救えない俺に、あいつはとんでもない課題を託して行った
俺は・・・俺に・・・一体何が出来る?
頭の中がシン・チェギョンでいっぱいだ。おかしいじゃないか・・・あんなどこにでもいる庶民に
心を支配されるなんて・・・
何度も頭の中から振り払おうとする。だが気がつくとあのお団子頭を思い浮かべている
とにかく早く目覚めて欲しい。なぜ目覚めないんだ?
心をかき乱されながらその日一日過ごす俺だった
翌日・・・あの事故から9日後、漸く俺は学校に登校した
コン内官にチェギョンの状態を何度尋ねても同じ答えが返って来るだけだった
俺は不安に駆られ、自ら病院に電話を掛けてみる
普通であればプライバシー保護とかで教えてくれない病状も、俺の心配そうな声色に同情したのか
電話を取った人間はチェギョンの様子を教えてくれた
やはりチェギョンはまだ目覚めていないそうだ
電話を握り締めたまま深く溜息を吐いた時、俺の元に駆け寄って来る足音が聞こえた
『シン!!元気になってよかったわ。すごく心配したのよ。』
ミン・ヒョリンか・・・良く考えてみればチェギョンとレッスン室を覗いて以来、ヒョリンの事を一度も
思い出さない自分に気がついた
『あぁ大丈夫だ。』
自分でも呆れてしまうほどの素っ気ない返事・・・特別な友人と思っていたヒョリンが色褪せて見えた
親友達も俺を見つけるとすぐに駆け寄って来る
『シン~~!!もぉ・・・大丈夫か?』
『あぁ大丈夫だ。心配かけたな。』
『皇室の車の前に飛び出した生徒・・・まだ目が覚めないんだって?』
チェギョンの事に触れられて、その瞬間胸が痛んだ
『あぁ。そのようだ。』
『意識が戻ったら皇室侮辱罪で逮捕だな。』
『くっ・・・まさか。』
『まさかってことはないだろう?皇太子を意識不明にしたんだぜ。』
ギョンの奴・・・とんでもない事を言いやがる。だがふと心の中に何かが過った。
そうだ!!合法的に拘束してしまえば・・・チェギョンを保護できる
チェギョンだけでなく家族全員拘束してしまえば、家族も守られるだろう
だが・・・約束しなかったか?この一件を罪には問わないって・・・
チェギョンの意識が戻ったという情報はその日も得られず、俺の気持ちは沈んでいくばかりだった
チェギョンが目覚めたと言う報告をコン内官から受けたのは、事故から10日目の夜のことだった
俺よりも三日も多くチェギョンは眠り続けていた事になる
聞けば意識が戻ったと同時に退院して行ったとのこと。チェギョンはどうしているだろう
携帯番号くらい聞いておけばよかったなどと、愚かな考えが頭の中を巡りそんな自分に苦笑する
その翌日・・・まさか登校はして来ないだろうと思った俺の視界に、チェギョンが登校して行く様子が見えた
あの事故の時に壊れてしまったのか、なんだかぎこちない走りの自転車に乗って
校内に入って行ったチェギョン
休み時間になるとつい廊下の窓からあのお団子頭を探している自分が居て愚かしく思えた
だがその半面・・・チェギョンの方から俺に逢いに来てくれるような気がして、俺は昼休みまで
何も手に着かない状態でチェギョンの訪問を待った
ところが・・・一向にチェギョンが現れる気配はない
業を煮やした俺はギョンに問い掛けた
『ギョン・・・公用車の前に飛び出した生徒、どこの科か知っているか?』
『知ってるよ~♪シン・チェギョンでしょう?今や有名人だもの。あはははは~。美術科だよ。
あいつ詫びの一つも言って来ないの?』
『あぁ・・・』
『美術科に行っちゃう?文句言いにさぁ~♪』
『そうしよう。』
『じゃあ俺もついて行ってやるよ~~♪』
ギョンばかりかインやファンまでもがついて来る始末。俺は三人の親友に囲まれ美術科の棟に
初めて足を踏み入れた
なんだか悲鳴のような雄叫びの様な声が、俺達に向かって掛けられる。鬱陶しい・・・うんざりだ
『俺が呼んでやるよ。』
チェギョンの教室に着いた時、ギョンがチェギョンを呼び出してくれた
あ・・・出て来たお団子頭だ。チェギョンは俺の顔を見るなり、ものすごく困惑した表情を浮かべた
俺はそんなチェギョンに構うことなく、チェギョンの手を掴むと人気のない場所に引っ張って行く
その手の温もり・・・感触は、あの魂の状態だった時と何も変わらなかった
美術科の生徒たちはギョン・イン・ファンが足止めしてくれているらしい
辺りには誰もいない・・・
俺はチェギョンを壁に追い込むと左手を壁に押し当てチェギョンを見下ろした
『おいっ!シン・チェギョン!!無事に戻ってきた挨拶もないのか?』
『へっ??・・・・壁ドン?』
壁ドンだと?なんだそれは・・・。チェギョンは俺の胸元から俺の顔を見上げた
チェギョンの額には絆創膏はなく、まだ少し腫れが残っているようだ
『壁ドン・・・ってなんだ?』
『あ・・・ドラマとか漫画でよくあるシチュエーションだよ。いい男がやるとさまになるんだね~~♪』
なにを言っているんだこいつは・・・
『そうじゃないだろう?意識が戻ったら、まず俺に知らせるべきだろう?しんぱ・・・』
心配しているとは思わなかったのか?そう言い掛けて俺は言葉をのみこんだ。
『まさか気に掛けてくれるとは思わなくてごめん。あ・・・元気だよ♪』
『元気なのは・・・今見てわかっている。』
『事故の件・・・問題にしないよね?』
『あぁ、お前の家の方はどうなんだ?』
『えっ?私の家?』
『あぁ。怖い借金取り・・・』
『ごめんね~。つまんない事おしゃべりしちゃって・・・。大丈夫だよ♪』
こいつは本当に嘘のつけない女だな。笑顔が引きつってやがる
『本当に大丈夫なのか?』
『うん♪』
『じゃあお前の携帯・・・登録しろ!』
『えっ?』
唖然としているチェギョンに俺は携帯を手渡した。チェギョンは機種が違うらしく戸惑いながらも
自分のデータを入力した
これで・・・チェギョンのことが気になったら、すぐに連絡することが出来る
だが・・・チェギョンの携帯番号をゲットしてしまった事により、俺は自分自身の気持ちが
チェギョンに向いている事を悟られたくなくて、電話番号を知ったにも拘らず電話が出来なくなってしまった
目覚めたら目覚めたで、今度は家庭の事情が気に掛かる
一体どうしたんだ俺は・・・あのお団子頭に惹かれているのか?だとしても皇族に自由恋愛など出来る筈もない
自分の気持ちを封じ込めようとしても出来ず、俺はますます頭の中をシン・チェギョンに支配されて行った
それから暫くして・・・そうだな事故後丁度二週間経った日のことだった
俺は学校から東宮に戻ると、皇太后様からの呼び出しを受け慈慶殿に出向いて行った
『太子や・・・よく来たな。まぁ掛けなさい。突然の紹介ですまないが、そなたの許嫁を紹介しよう。』
『えっ?』
驚いて皇太后様を見つめる俺の視界の端に、一人の女の子がソファーから立ち上がるのが見えた
俺はその女の子が視界に入るなり、驚きと困惑と喜びの入り混じった表情を浮かべたのだろうと思う
『皇太子殿下、こんにちは。シン・チェギョン・・・です。』
チェギョンだ。目の前に居るのは間違いなくシン・チェギョンだった
トレードマークのお団子頭は二つに縛った三つ編みスタイルに変身している
いや・・・そんなことはどうでもいい。許嫁・・・だと?
チェギョンは目の前で困ったような顔つきで、俺の顔色を窺っている
暫く黙った後、俺は漸く口を開いた
『良かったじゃないか。売られて行くのが怖い借金取りじゃなくて・・・。』
あ・・・違う。照れ隠しもあったがこんな言葉を投げつけるつもりはなかった
なのに俺の苛めともとれる言葉は、更に続いてしまった
『一体どんな手を使って、俺の夢を操作したんだ?皇太后様と結託でもしたのか?』
まさかこんな展開が起こるとは思っていなかった俺は、弱者であるチェギョンに当てつける様な言葉を
吐いている
解っている・・・自分でもわかっている。
だがもしもあの意識不明の魂の旅人だった一週間が、何か操作された物だったとしたら・・・
そう考えるとすべてが疑心暗鬼になって来るのだ
『ちっ・・・違う。何も操作なんてしていない。あれは・・・』
『っつ・・・驚いたよ。まさか許嫁だなんて・・・』
俺がチェギョンを気に掛け、借金を肩代わりしようとか・・・罪に追いこんで保護しようとか
そんなことまで考えていたというにの、こいつにはそんな想いが伝わらないことが悔しくて堪らなかった
『ごめんなさい。』
ごめんなさいだと?やはり何かの操作があって・・・俺とお前は知り合ったのか?
そう思った時チェギョンは俺に頭を下げ、そのまま皇太后様の元へと歩いて行った
絶対にチェギョンを見るまい・・・そう思いながらも俺の目は無意識にチェギョンを追った
『皇太后様、申し訳ありません。このお話は無かったことにしてください。』
チェギョンは握り締めた右手から何かを取りだすと、皇太后様の前に置いた
指輪だ・・・
そして深々と皇太后様に頭を下げ、部屋から出て行ってしまった
チェギョンが去った後、皇太后様は溜息交じりに俺を咎めた
『太子・・・なんてひどい言葉を・・・。
あの子は今日初めてそなたと許嫁である事を聞かされたのだ。
何を操作できよう。あの子は何もして居らん。
先帝もお気の毒だ。折角縁を結ぼうとした娘を借金のかたに取られてしまうなんて・・・』
『えっ?皇太后様・・・それはどういう事ですか?』
『チェギョンを迎えに行った内官が見たところでは、チェギョンの帰りを待っているようだ。
何れ皇室に入る身の上でなければ、皇室も援助してやる事は出来ぬ。
可哀想に・・・・』
『今日・・・初めて聞いたのですか?私と許嫁だと。』
『そうだ。』
『皇太后様が・・・何か操作されたのではないのですか?』
『何をどう操作したと言うのだ?おかしな事を言う。』
チェギョンに・・・酷い言葉を投げつけてしまった
俺は皇太后様の前に置かれた指輪を手に取ると、皇太后様に頭を下げた
『許嫁を迎えに行って参ります。』
コン内官とイギサを伴いシン家に向かう車中・・・俺は自分の疑り深さを後悔していた
チェギョンはきっと怒っているだろう
俺の態度に失望しただろう
だが今はチェギョンが≪怖い借金取り≫に奪われる前に、この状況をなんとかするのが先決だ
チェギョンの家の前には黒塗りの車が何台も停まっていた
高級車であることは間違いないが、どこか皇室の車とは品格が違う
門の前に立つと大きな物音や悲鳴・・・泣き声まで聞こえて来る
『私が行きます。だから両親や弟に手を出さないでっ!!』
悲痛な叫びが俺の胸を辛くyさせる。紛れもなくチェギョンの声だ・・・
俺は思い切ってその門を開いた
目の前にガラの悪そうな男二人に両腕を掴まれたチェギョンの泣き顔が見えた
『その手を離せ!!コン内官・・・すぐに手続きを取ってくれ。』
俺はコン内官に指示をし、その男達はコン内官に促がされ敷地内から出て行った
『チェギョン・・・疑ってすまなかった。』
『何をしに来たの?』
『これを返しに来た。』
俺は胸ポケットから先程の指輪を取り出すとチェギョンの手に握らせた
『さっき・・・お断りして来た。』
『お前・・・先帝の決めた許嫁だぞ。断れると思っているのか?』
『でも・・・軽蔑された・・・』
『軽蔑なんかしていない!誤解しただけだ。あまりに都合のいい話だったからな。
なぁ・・・お前は俺に問題提議だけして逃げるつもりか?
あんな難しい問題を、俺一人に背負わせるつもりか?』
『それは・・・』
『責任を取れ・・・そして俺と一緒に少しでもいい国に近づける様、力を貸してくれ。
俺はなんとかしてお前の家の問題を解決したいと思っていたが、許嫁・・・願ってもない話だ。
これが一番ベストな解決方法だな。俺の妃に・・・なって欲しい。』
薄汚れてしまったチェギョンの頬が涙で濡れる
チェギョンは涙を溜めた大きな瞳で俺を見つめ、何度も頷いた
『よし!これで決まりだ。』
俺はチェギョンの乱れた三つ編み頭を両手でギュッと掴み、それからチェギョンのたんこぶにキスを落した
家の影に隠れたチェギョンの両親と弟らしき人物は顔だけ覗かせて涙ぐんでいた
今思えば・・・あの時チェギョンが公用車の前に飛び出したのは、先帝とチェギョンのおじい様の
思し召しだろうか
普通に許嫁として出逢っても上手くいかないだろうと思ったお二方が、天から俺達の魂を引き抜いたのか?
意識不明の一週間の間にすっかりシン・チェギョンに毒されてしまった俺
もうこれは運命としか言いようがない
この責任はゆっくり取って貰おうか。くくくっ・・・
運命≪魂の空中散歩≫ 完
あとがき
いつもお越しくださる皆様、また初めてお越しくださった皆様
たった二話と言う短いお話ではございましたが
★ emi ★的運命・・・いかがだったでしょうか。
久し振りのPHDと言う事もあり、気合だけは十分だったのですが
前作から抜け出せず・・・みょ~なお話になりました(爆)
お付き合いいただき誠にありがとうございました★
また今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
~星の欠片~ 管理人 ★ emi ★
あとがき
いつもお越しくださる皆様、また初めてお越しくださった皆様
たった二話と言う短いお話ではございましたが
★ emi ★的運命・・・いかがだったでしょうか。
久し振りのPHDと言う事もあり、気合だけは十分だったのですが
前作から抜け出せず・・・みょ~なお話になりました(爆)
お付き合いいただき誠にありがとうございました★
また今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。
~星の欠片~ 管理人 ★ emi ★