あの暑い夏の日・・・私は彼と別れた
政略結婚の決まっていた彼には、出逢った時既に婚約者がいた
企業提携と利害の一致による婚約
親友のギョン君とガンヒョンカップルと食事している時・・・偶然通りかかったのが彼だった
彼が私の隣の席に腰掛けた時、すぐに分かった
この人・・・私の運命の人だって
でも・・・
『チェギョン・・・こいつさ、イ・シンっていって俺の親友。あ~~でも残念だな。シンがフリーなら
チェギョンに紹介したかったのに・・・』
えっ?フリーじゃない?つまり既婚者ってこと?
『いや・・・まだ結婚した訳じゃないが、三か月後に結婚するんだ。』
『そうなの?おめでとう♪』
落胆する胸の内を隠して私は笑顔でそう答えた
人のものに興味はない・・・それほどモテないわけじゃない
そう思ったけどシン君とはまるで昔からの友人のように会話が弾んで、私達は連絡先を交換し合った
何度か逢っているうちに・・・見事彼にド嵌りしいる自分に気が付いた
そして彼も同じ気持ちだと確信していた
『政略結婚難だ・・・』
言い訳のように言う彼に、私は答えた
『仕事が絡んでいるんだもの仕方ないわよね。ちゃんとその状況を受け入れなくっちゃ・・・』
そういいながら・・・私は未来のない恋に溺れていった
物わかりのいい女を演じていたわけじゃない
本心からそう思った
だからこそ三カ月という短い期間に、私達は燃え上がり・・・一生分の恋をした
私は彼に≪婚約を破棄する≫とか≪結婚をやめる≫と絶対に言わせなかった
そんな言葉が欲しいわけじゃない
嘆いている時間さえ惜しかった
結婚式の二日前・・・私と彼は暗黙の了解でその日を最後に逢うのをやめた
彼と別れた日の空は夕焼けがとても綺麗だった
その夜だけ少し泣いたけど・・・私はもう彼の事を忘れようと思った
たった三カ月の間に、一生分・・・恋をしたからそれでいい
『チェギョン・・・イ・シンの結婚式今日よ。』
亡き両親が残してくれたインテリア雑貨店を訪れたガンヒョンは、心配そうに私に尋ねた
『あ・・・そうだったね。シン君、幸せになるといいね。』
これは私の本心だった
『逢いに行かないの?』
『え~~っ?結婚式に?行かないわよ~!だってただの友達だもの・・・』
そう・・・もうただの友達だ
二度と二人で逢うことはない
そんなに大きな店ではないけど、何人もの従業員がいるインテリア雑貨店のオーナーの私は
こう見えてなかなか忙しい
海外に商品の買い付けに行ったりその後も忙しくして・・・シン君の事は夏の日の思い出になっていった
ところがそんなある日・・・私は体の変調に気が付いた
病院を受診し・・・告げられたショッキングな事実
私は驚いたことに妊娠三カ月目に入っていた
『未婚でいらっしゃいますね。どうなさいますか?』
医師は躊躇いがちに私に尋ねた
何の迷いもなかった
これはあの夏の日に一生ものの恋をしたその形見だ
『もちろん産みます。』
満面の笑みを浮かべた私に、医師は安堵しその後妊娠にまつわる手続きなどを教えてくれた
親友のガンヒョンは、よく仕事帰りに店に立ち寄ってくれる
ある日・・・ガンヒョンはとうとう私の体型の変化に気が付いたみたい
『チェギョン・・・アンタ!』
『あ・・・気が付いちゃった?』
『お腹の子の父親は・・・まさか!!』
『ぷぷっ・・・何がまさかなの?ガンヒョンの知らない人よ。』
『アンタ・・・シングルマザーになる気?』
『ええそうよ。』
『私から・・・連絡しようか?』
つまりガンヒョンはお腹の子の父親がシン君だと確信し、シン君に連絡しようとしているのだ
『馬鹿なこと言わないでよ。違うって言っているでしょう?変に勘繰られると困るから、
ギョン君にも言わないでね。』
『・・・アンタがそういうのならわかったわ。』
ガンヒョンは恐らくすべて分かった上で、私の気持ちを理解してくれたのだろうと思う
さすがね。伊達に古くからの親友じゃないわ
そうして私は翌年の春・・・女の子を出産した
とっても愛らしい女の子・・・だけど不思議ね。生まれた時から他の子よりも身長が大きかった
暫くの間、私は従業員に店を任せ愛娘≪ピョル≫との幸せな蜜月を過ごした
それからピョルが生後一カ月を過ぎた頃、私は店の奥に育児室を作り仕事に復帰した
もちろん海外の買い付けなどは・・・他の人にお願いするしかなかった
店の売り上げも順調・・・私の代わりに買い付けに行ってくれる人はとてもセンスが良く、
お店は益々繁盛していった
ピョルもすくすく大きくなり、学校に通うようになってからは自分がシングルマザー家庭の子だと
自然に理解するようになった
でも・・・ピョルはシングルマザーであることを絶対に責めたりしなかった
『ねえママ・・・私のパパってどんな人?』
『すごく素敵な人よ。あなたと同じ左利きなの。』
そう・・・何度幼い頃から矯正しようと努力してもピョルの左利きは治らなかった
これも彼が残した恋の形見なのかもしれない
政略結婚でその相手と婚約した直後、出逢ってしまった彼女
彼女はいつも凛としていて自分の気持ちに正直だった
俺はチェギョンといる時だけは本当の自分でいられるような気がした
とても心地よくふわりと包んでくれたかと思うと、突如情熱のままに俺を抱き締める
そんな彼女を前に俺はいつも苦悩していた
この出逢いを終わらせることなんかできない
そう思った俺は何度も彼女に打診してみた
だが・・・彼女は俺が結婚するまで・・・そう心に決めているようだ
俺の方が熱を上げている・・・きっとそうなのだろう
破談にすることも考えたが、チェギョンがそれを許さなかった
結局・・・俺達は最初の予定通り結婚前に別れた
だが・・・いつまでも未練がましい真似はできない
まして婚約者と結婚した後、彼女を日陰の女にするなんて・・・俺には絶対に無理だった
チェギョンを忘れよう・・・必死にそう努めた
政略結婚した相手は取引先企業の娘でミン・ヒョリンといった
ミン・ヒョリンはプロのバレエダンサーで一年のほとんどを海外で過ごす
また帰国してきた時など・・・酒を飲んで酔って帰宅することも多かった
もちろん寝室はハネムーンの時から別々だ
気楽でいい
ほぼ独身と同じ状態なのだからな
ただ・・・困るのは、実家に帰った時くらいだ
『あら?シン・・・ワイシャツの袖口汚れているじゃないの!ヒョリンさん・・・ちゃんと家事してくれているの?』
『あぁ?あ・・・昨晩仕事で会社に泊まってしまったから着替えていないだけだよ。』
『そう・・・だったら仕方ないけど・・・』
母は結構目ざとい
一度としてヒョリンを家に連れて帰らない俺を、時々咎めるような物言いをする
『ヒョリンさんはなぜ来ないの?』
『ヒョリンは今海外だよ。』
『そう・・・お忙しいのね。』
夫婦間が冷え切っているのを悟られたようで、いたたまれず自宅マンションに戻る
ヒョリンがいない時・・・自宅マンションの自室だけが俺の寛げる場所だった
そんな形だけの夫婦の生活を10年我慢した頃・・・とうとう俺よりも先にヒョリンの方が我慢の限界が来たらしい
ある日帰宅したヒョリンは、リビングのテーブルの上に離婚届を置いた
『別れていただけない?あなたみたいな退屈な人・・・もう限界だわ。』
退屈?ろくに話もしていないだろう?
だが戸籍が汚れる事より・・・本当の自由を手に入れる事の方が俺にとっては重要だった
こんな意味のない結婚生活を続けていてなんになる
時間の無駄でしかない!
幸いもうヒョリンと別れたとしても、会社が傾くことはない
『あぁ。それがいい。』
俺は離婚届にサインをするとヒョリンに渡した
『あ・・・そうだわ。私・・・妊娠しているの。もちろんあなたの子じゃないけど
戸籍上はあなたの子ってことになるからよろしくね。』
あぁ?そんな馬鹿な話・・・あるか?
『考えておこう。』
ミン・ヒョリンは満面の笑みで荷物を纏め(・・・いや、大した荷物は置いていなかったが)マンションを出て行った
そしてその日のうちに離婚届はミン・ヒョリンの手で提出された
あの時・・・会社の業務提携の為にも結婚するしかなかったのだが・・・この俺の10年は一体何だったんだ!
そんな気分に陥る結婚生活だった
しかし・・・暑いですね。
二話で終わる予定の短編なんですが
ちょっと不安になってきた(≧▽≦)ノ”ギャハハハ!
お盆休み前の・・・大人の恋
どうぞお付き合いくださいね~❤
画像は昨日の夕焼け