行きつけのフレンチレストランに向かう途中、ミンは通り沿いにある一軒のショップに目を留めた
『あ・・・やだわスンレさん、片手落ちじゃない?』
『えっ?なんの事かしら・・・』
『ほらアレよアレ!!外見だけを綺麗に飾り立てても・・・肝心のアレが可愛くなくっちゃダメでしょ?』
スンレはミンが見つめている場所を凝視した
『ランジェリーショップ?・・・あら、確かにそうだわ。』
その場にはシンもいるのである
二人の母親のそんな意見にチェギョンは顔を赤く染め、ブンブンと首を横に振った
『あ・・・いえあのっ!!下着は大丈夫です。ちゃんと清潔なのを・・・』
チェギョンのそんな言葉を途中で遮るミン
『あらぁ?チェギョンさん・・・三枚いくらの奴なんか履いていたらね、身体のラインが崩れてしまうのよ。
ちゃんとした下着を専門店で買わなくっちゃダメよ。女のおしゃれは下着からよ!
シンも・・・後学のために一緒に行くぅ?』
チェギョンにとってミンのその言葉は自分を透視されているかのように図星であり、またシンにとってその場所は
男子高校生が足を踏み入れられない場所だった
シンもチェギョンも顔を赤らめ一瞬身じろぎできなくなる
だがやはりシンは必死になんでもない顔を取り繕い、くるりと背中を向けた
『俺は少し離れたところで待っているから、どうぞごゆっくり・・・』
『えっ?』
シンがその場を去ったことにより二人の母はチェギョンの背中を強引に押し、店内にチェギョンを連れて行った
身包み剥がされたチェギョンは上から下まで採寸され、二人の母の意見のまま何セットものランジェリーを
持って店から出て行く
真っ赤に顔を染めたチェギョンは両肩に≪女の身だしなみ≫の入った大型紙袋を掛けて歩く
さすがのシンもそれを手伝おうとはしない
『あんなにお高いの・・・』
レストランに到着するまで真っ赤な顔のまま、一人ぶつぶつと呟くチェギョンだった
食事が済んだ後、ミンは食後のコーヒーを飲みながらシンに微笑みかけた
『シン・・・私達はまだ話し足りないから、あなたはチェギョンさんとこの辺りをぶらぶらして来たらどう?』
『そうだな。チェギョン行くか?』
『うん♪』
購入したランジェリーの入った紙袋は預けてあるので、チェギョンは安心してシンと二人で街を散歩して歩く
『今日だけで・・・私に一体いくら使ったんだろう。』
神妙な顔をし呟くチェギョンの背中をシンはポンと軽く叩く
『何度言ったら解るんだ?おばさんは18年分買い物がしたいって言ってただろう?』
『うん。そうなんだけどね。今までの金銭感覚とまったく違うから戸惑っちゃうんだ。』
『お前はもっと両親に甘えてもいいんじゃないのか?欲しいものは欲しい・・・嫌なことは嫌だって
はっきり言えなきゃダメだろう?さっきの魚料理・・・実は苦手だろう?』
『えっ?なぜ解ったの?』
『他の料理はおしゃべりしながら楽しそうに食べていたのに、あの料理だけは必死に飲み込んでいるって
感じがしたからな。苦手なら苦手でいいんだ。もっと自己主張しないとダメだ。
おばさんにだってもっと甘えるべきだろう?』
チェギョンはじっとシンの目を見た後で、その視線を地面に向けた
『シン君・・・甘え方がわからないんだよ。どうしたらいいのか・・・
私、甘えることを許されてこなかったから・・・』
シンは今の一言がチェギョンを深く傷つけてしまったような気がして、困惑しながらそのチェギョンの手を握ると
チェギョンをどこかに連れて行こうと歩き始めた
『こんな風に・・・手を繋ぎたかったら手を握る。抱き締めて欲しかったら自分から抱きついたらいい。』
『そうか・・・難しいなぁ。』
『何も難しい事じゃない。自分の感情に素直になったらいいだけだ。』
シンはチェギョンの手を引っ張ると一軒の店に入っていった
そこはどうやらヘアアクセサリーの店のようだ
『お前に髪を縛るリボンを買ってやる。』
『えっ?本当?』
『あぁ。お前は大体いつも髪を縛っているだろう?だから・・・』
チェギョンはヘアリボンの前で悩み始めた
『いいか?値札を見るな。第一印象でいいと思ったものを選べ!!』
『うん。えっと・・・これ・・・可愛いなぁ。あ・・・でも学校にしていくならもっと地味じゃないと・・・
じゃあ・・・こっちかな。』
シンはチェギョンが一番気に入ったと思われるリボンと、学校用のリボンの二つを手に持って会計を済ませた
『一番気に入ったのは勇気が欲しい時にしたらいい。こっちは学校用だな。』
『えっ?いいの?ありがとう。嬉しい~♪』
『そうだ。その調子でおじさんやおばさんにもありがとうって言ったらいい。
チェギョンの喜ぶ顔が、きっと二人は見たくて堪らないんだろうからな。』
『うん!!あ・・・あのさシン君、私がシン家の娘らしく振舞えるように、
時間のある時にでもレクチャーして貰えない?』
『あぁ。いいよ。』
具体的にどんな指導をしたらいいのかはシンにも解らない。だが・・・一緒に過ごしているうちに
チェギョン自身にも伝わる何かがある様な気がしていた
『今日・・・自転車が届くんだ。そうしたらシン君の家に遊びに行ってもいいかな?』
『自転車?』
『うん。買って貰ったの。まだ見ていないけど、恐らく帰ったら届いているんじゃないのかな。』
『まさかと思うが初めてねだったのが自転車だとか?』
『うん。そうだけど・・・いけない?』
『いや・・・いけなくはないが・・・くくっ・・・なぜ自転車なんだよ。』
『あ・・・登校に使おうと思って欲しいってお願いしたら、登校はヒョリンと一緒に車で行けって・・・』
『だろうな。ったく・・・おじさんもおばさんもお前が心配で仕方ないだろうな。』
『えっ?なぜ?』
生活環境が全く違う場所にポンと放り込まれたチェギョンの事・・・その様なチェギョンの無謀な行為を
シン夫妻が許す筈はないと心の中で思うシンである
『それだけお前が可愛いってことだ。くくっ・・・』
だが敢えてそんないい方はせずに、今後チェギョンがシン家の娘らしく振舞えるようゆっくり指導して行こうと
思うシンだった
『さぁ・・・戻ろうか?』
『うん。そうしよう。』
深い意味合いは無く握り合った手・・・だがその手はチェギョンにとっては誰よりも頼りになる存在であり
またシンにとっては誰よりも頼りない守るべき存在だった
シンとチェギョンが出掛けた後、スンレとミンは食後のコーヒーを楽しみながら談笑していた
『チェギョンはあのお魚が嫌いなのね。』
『解りやすい子ね。なのに残さず一生懸命食べて・・・』
『一つ一つチェギョンの好きな物・嫌いな物を覚えていくわ。』
『そうね。チェギョンさんから言ってくれたらいいんだけど・・・彼女はそう言う子じゃないでしょう?』
『そうなのよ。あの子は嫌われない様に一生懸命で、自分の事を何も言おうとしないの。』
『それも性格ね。あ・・・そうだわ。秋の経済界のパーティーはどうするつもりなの?』
『あ・・・それね、本当は欠席しようかと思っていたの。娘が受験生でしょう?
でもチェギョンが戻ってきたから、連れて行きたいと思う様になったわ。』
『そうよね。それがいいわ。そろそろ経済界でもシン家に起こった一大事が噂になっているようだし・・・』
『えっ?そうなの?』
『ええ。私の耳にも入って来たわ。でも敢えて口止めすることはしなかったわ。
だって本当の事なんですもの。チェギョンさんがシン家の本当の娘だって、正式に紹介できる場所にもなるわ。
是非行くべきだわ。』
『シン君も連れてきてくれるの?』
『そりゃあもちろんよ~♪』
現に経済界ではシン家の娘が入れ替わっていたという噂が、あちこちから流れ始めていた
ミンの元にも数人からの≪事実確認≫が入ってきたのだが・・・ミンは敢えて自分の口から言うことではないと
≪さぁ・・・私は何も知らないわ。≫とシラを切り通していた
スンレにしてみればやはりチェギョンが帰ってきた以上、世間に向けてチェギョンが本当の娘である事を
公表したいと思うのは当然である
そしてその場所がチェギョンとヒョリン・・・二人の立場を明確にする場所になるのも事実だ
トランクいっぱいに荷物を積んで、ミンはシン家の庭に車を乗り入れた
すると玄関先ではヒョリンがスンレの帰りを待っていた
『ママ~おば様、シンに・・・チェギョンも?一体どこに行っていたの?』
『あ・・・ちょっとお買い物にね。』
『え~~私も連れて行ってくれればよかったのに。一体何を買ったの?見せて♪』
一瞬にして車内の空気が凍りつき、咄嗟にミンはヒョリンを欺こうとする
『あぁ~何もいい物がなかったの。』
だがスンレは覚悟を決めたようだ
『ミンさん、トランク開けてくださいな。』
『えっ?・・・いいの?』
『ええ。』
ミンがトランクを開け全員が車から降りて行くと、もう既にヒョリンはトランクの中を覗きこんでいた
紙袋に書かれているブランド名・・・そしてチェギョンが身に着けている洋服を見て、ヒョリンは声を荒げた
『チェギョンの物を・・・買いに行ったのね。』
『ええそうよヒョリン。』
『だから私を連れて行ってくれなかったの?』
『あなたとチェギョンでは趣味が違うでしょう?あなたが一緒だとチェギョンが遠慮するから・・・』
『本当の娘がいるからもう私は用済みってことなの?ママ・・・そうなんでしょう?』
『違うわヒョリン。でもチェギョンはずっと寂しい思いをしてきた。心情的にも物質的にもね。
あなたもそれを理解した方がいいわ。』
『理解なんか・・・したくないわよ~~!』
くるりと踵を返し家の中に入って行ったヒョリン。折角楽しい気分だったその場の四人は同時に溜息を吐いた
『ごめんなさいね。ミンさん・シン君・・・嫌な気分にさせちゃって。』
『いいのよスンレさん。でもあとが大変そうね。』
『大丈夫。あの子の宥め方は心得ているわ。』
『解ったわ。チェギョンさん、何かあったらうちに逃げてくるのよ~♪』
『はいっ♪』
ミンとシンは車に乗り込むとシン家を後にした
沢山の買い物袋を持ったメイドと共に家の中に入っていくスンレとチェギョン
(自分の娘と買い物を楽しんだだけなのに、何がいけないのかしら・・・)
心の中で疑問を抱きながら、スンレはヒョリンの部屋へと向かうのだった
ふんっ・・・癇癪起こしたって
怖くなんかないぞぉ~~!!
さて・・・チェギョンは
立派なシン家の娘になるためのレクチャーを
シン先生からご教授願うそうです❤
楽しそうだなぁ・・・
確かにそうだよね。女の身だしなみは下着から・・・
一体いつから楽なのが一番になっちゃったんだろう
アタシ・・・(激爆)