春ののどかな日・・・東宮のエントランスを歩きながら、ギョムが私に尋ねた
『かーさま、いったいいつお腹が開くんですかぁ?』
あぁ・・・後ろではお姉ちゃんもいるというのに、ギョムったら余計なことを・・・
『そうね。あと二カ月くらいかしら・・・。これから病院に行くので、先生に聞いて来るわね。
だからギョムはいい子でお留守番していてね。』
『えっ?いやです。僕が自分でせんせいにききます。いつお腹が開くのかって・・・』
ギョム・・・あぁそんなこと大声で言わないで!
ほら・・・ホン・ジュソン君もこっそり笑っているじゃないの~~!
ホン・ジュソン君は他のイギサと一緒に玄関で私を見送ろうとしていたのだろう
私達親子の会話を聞いて、必死に笑いを噛み殺している
『ギョム・・・チョン女官さんや皆さんが遊んでくださるわ。』
『いやですっ!』
何度も横に首を振り頑として私の手を離そうとしないギョムに、ホン・ジュソン君はギョムの前で屈むと
ギョムに話しかけた
『おや?おかしいですね・・・。ギョム皇子様はもっと利発な方だと聞いていましたのに
もうすぐお兄ちゃんになられるのに、この聞き分けの無さは何でしょう?
それに・・・妃宮様はご病気ではありませんが、病院というところは本来病気の人がいくところ・・・
病気の元がうじゃうじゃいるというのに、そんなところに行きたいのですか?』
ホン・ジュソン君の言葉にギョムは戸惑ったみたい
『びょうきのもとが・・・うじゃうじゃ・・・』
『そんなところに行きたくありませんよね?でしたら私達とお庭でかくれんぼはいかがですか?』
『かくれんぼ?』
『はい。一人が鬼になり・・・他の全員が隠れるんです。とても楽しい遊びですよ。』
『僕・・・かくれんぼしますぅ~♪』
はぁ~よかった
私はホン・ジュソン君に笑顔で会釈をし、お姉ちゃんと一緒に王立病院へ行くことができた
妊娠9カ月目の検診は全く異常なし
今回は破水しないように注意しなくっちゃね
安堵して東宮に戻ると、ギョムはどうやらお昼寝の最中のようだ
そのギョムが目覚めるなり、かくれんぼがどんなに楽しい遊びかを教えてくれた
普通の子供だったら近所の公園で、幼馴染とそんな遊びを楽しむのが当たり前だろう
でもギョムはそんな友人ができることはない
そんな環境のギョムに、普通の子供らしい遊びを教えてくれたホン・ジュソン君に私は心から感謝した
それから一か月後・・・そろそろ私が臨月に入ろうという頃だった
親友のガンヒョンから電話がかかってきたのだ
『チェギョン?』
『うん。ガンヒョン元気?』
『もう目が回るぐらい忙しいわ。』
『充実していて何よりだよ♪』
『あのさ・・・アタシ、明日結婚することになったから・・・』
『えっ・・・えぇ~~っ?明日って・・・ずいぶん急なのね。』
『仕方ないわよ。ギョンとアタシの休みが合うの明日しかなくて・・・。だから両家の両親しか来ないわ。』
『そう・・・寂しいわね。あ!じゃあさ・・・お花だけでも手配する。どこの教会?』
『江南の●※教会よ。でも・・・アンタの肩書で贈られたら・・・』
少し戸惑ったガンヒョンに私は答えた
『やだなぁ。肩書なんかつけるはずない。シン&チェギョンで贈るわ。』
『そう?だったらありがたくいただいておく。そうそう!明日からアタシの住まいはギョンのマンションだからね。』
『えっ?引っ越しも明日なの?』
『うん。とりあえずの物だけ運んで、あとはゆっくり休みの日にでも運ぶわ。』
『幸せになってね。』
『ふふ・・・当たり前でしょう?あたしが勝算のない結婚なんかする筈ないわ。』
さすがガンヒョン・・・しっかりしているわ
後はギョン君がいかに職業を持った妻のサポートができるかで、この夫婦の未来は決まると私は思った
臨月に入り・・・私は重いお腹を抱えるようにしながら宮殿の中を移動した
お姉ちゃんはじめ女官のお姉様方や、ホン・ジュソン君はじめコお兄さんなども私を見つめる目が
どこか不安げだ
そんなある日・・・ギョムを連れ皇太后様の元を訪れていた時、懐かしい感じの痛みがシクシクと私を襲った
『っつ・・・あっ・・・』
『妃宮や・・・どうしたのだ?』
『陣痛が・・・来たようです。まだ大したことはありませんが・・・』
『なにっ?それはいかん。早く病院に行かねば・・・。』
『ですがそんなに簡単には生まれません。』
『いやいや・・・妃宮は経産婦なのだ。前回より早いに違いない。』
あ・・・そうか。経験者の皇太后様が仰るならきっとそうだろう・・・
『解りました。東宮に戻って荷物を持ったら王立病院に向かいます。』
そういって立ち上がった私に、皇太后様は仰った
『ギョムは置いていきなさい。太子は今陛下のところなのだろう?』
『はい。』
私はギョムに向かって笑顔を向けた
『ギョム・・・赤ちゃんが生まれそうなの。お母様行ってくるわね。
皇太后様の言うことをちゃんと聞いて、いい子にするのよ。』
『わかりました。かーさま・・・いよいよお腹が開くんですね~~♪かーさまファイティィィーーーン♪』
あ・・・皇太后様の前でなんてことを・・・しかもファイティンだなんてどこで覚えたの?
私はギョムの頭をそっと撫で慈慶殿を後にした
東宮に戻ってみるとすでにシン君は私に陣痛が訪れていることを知っていて、部屋から入院バッグを持ってきて
待機していた
『陣痛だって?』
『うん。そうみたい。』
『さぁ車に乗って・・・行こう。』
コお兄さんの運転する車に乗り込んだ私達、ホン・ジュソン君やチョン女官さんにギョムの事をお願いし
車は王立病院へと向かっていった
皇帝陛下の元で打ち合わせをしていたその時・・・皇太后様付きの尚宮から連絡が入り
チェギョンが産気づいたことを知った
皇太后様はギョムを連れて本殿にやって来るという
つまり・・・今回は皇帝陛下や皇后様は病院に来られないということになる
前回叶えられなかった願いを今度こそ・・・俺は皇帝陛下と皇后様にギョムの事をお願いし
東宮に戻っていった
今度こそ我が子の誕生に立ち会える・・・そう思うと胸が震えた
チェギョンの部屋に行き入院準備品の入ったバッグを持ち、そしてエントランスでチェギョンが戻って来るのを待った
暫くするとチェギョンは少し苦しそうな表情で戻ってきた為、俺はすぐにコイギサに銘じ王立病院に向かった
護衛の車にはコン内官やチェ尚宮も乗っていた
これで念願の・・・初めての抱っこを死守できる
今度は女の子だったらいいな・・・そんな浮ついた思いは、隣に座るチェギョンの呻き声にかき消された
『うぅぅ・・・・んん~~~っ・・・』
『だ・・・大丈夫か?チェギョン。』
『うん。まだその時じゃないから大丈夫・・・』
よく考えてみれば俺はギョムの時、チェギョンの苦しむ姿は見ていなかった
ギョムの時に間に合わなかった俺にとって、出産がどれほど苦しいものなのかはまさに未知の世界だった
俺は慌ててポケットチーフを取り出し、チェギョンの額の汗を拭った
こんな小さな布切れではとても間に合わない
『チェギョン・・・ハンドタオルとか持ってきたか?』
『カバンの中に入ってる・・・』
さすがだな。良かった・・・
王立病院に到着した時・・・チェギョンは何事もなかったかのようにケロッとしていた
診察を受け・・・恐らく出産は夜になるだろうと診断されたチェギョンは、特別室に用意された食事に
手を付けるほど元気だ
俺も宮から運ばせた弁当を食べながら、チェギョンのその旺盛な食欲を見守った
完食・・・か?まるで男並みの量の食事を美味しそうに平らげた
赤ちゃんが降りて来ると胃の辺りがすっきりして、たくさん食べられると聞いてはいたが本当だなと実感した
それから何度もチェギョンは陣痛の痛みに苦しみ、そして何事もなかったかのように話しかけるを繰り返した
夜になって・・・いよいよ痛みの間隔が短くなってきた時、俺は白衣に着替えさせられ
分娩着を着たチェギョンと共に分娩室に向かった
チェ尚宮も白衣を纏い、俺の後ろについていた
『う~~ん・・・うぅうわ・・・』
わけのわからない呻き声が分娩室の中に響く・・・
頑張れ・・・頑張ってくれ・・・
必死に手を握り締め、応援する事しかできない自分が歯がゆかった
チェギョンの苦しむ様子を見ていられなくて目を背けそうになったが、これが命を生み出す痛みなのだと
必死にチェギョンを見守った
痛みを共有することができない分・・・胸を痛めよう
そんなことでもチェギョンの力になると俺は信じていた
やがて医師の様子が慌ただしくなり・・・チェギョンはいきむのをやめ浅い呼吸をし始めた
そしてしばらくそれをを繰り返した後・・・俺の耳に懐かしい赤ん坊の泣き声が響いたんだ
『ふ・・・ふにゃ~~・・・』
ふにゃぁ?なんとも頼りない泣き声だな・・・まさか女の子か?
恐る恐る医師の方に目を向けた時、医師は今生まれたばかりの赤ん坊を俺に見せつけた
『殿下・・・内親王様のご誕生です。おめでとうございます。』
女の子・・・女の子だ!あ・・・その子を抱かせてくれ!
そう思ったがすぐに産湯に浸かるのだろう。看護師に抱かれ連れて行かれてしまった
『チェギョン・・・よく頑張ったな。女の子だ。』
『女の子?顔を見た?』
『いや・・・よく見えなかった。』
実際涙で目が潤んでしまい、顔の確認をするどころではなかった
『ありがとう。お疲れ様。』
俺はチェギョンの額に心からの感謝のキスを落とした
人前であろうと関係なかった
チェギョンは安堵の表情で俺に微笑みかけてくれた
子供を産んだ女性というのは、例えようのない美しさを持っているとその時俺は初めて思った
チェギョンが・・・今までで一番美しく思えた
『では殿下・チェ尚宮様・・・妃殿下の後処理がございますので、廊下で内親王様をお待ちください。』
そう言われ分娩室を出て行った俺とチェ尚宮・・・
コン内官は俺達が出て来るのを心待ちにしていたのだろう
ソファーから立ち上がって問い掛けた
『殿下・・・』
『内親王が生まれた。』
『それは・・・おめでとうございます。』
コン内官はすぐに皇室広報部に連絡を入れている
俺とチェ尚宮は、娘が産湯から上がるのをその場でじっと待っていた
今度は~女の子が生まれたよ~♪
にゃはははは・・・・
にゃはははは・・・・