(シンside)
君に愛されたい・・・そう願う俺の想いは届いたのだろうか
彼女はじっと俺の目を見据え、それからゆっくりと口角を上げると頷いてみせた
YES?YESなのか?信じられない気持ちで俺は念を押した
『それは・・・YESという意味か?』
『はい。』
確かに≪はい≫と彼女は言った
俺は喜びのあまりにテーブルの上の彼女の手を握った
彼女は少し照れたように頬を染めたが・・・なんとも様にならない光景だ
俺はラフなスタイルであり、彼女は男装のスーツ姿だ
感極まって抱き締めでもしたら・・・妙な絵になってしまう
彼女が女の形で来てくれたらよかったのに・・・いや普段の姿で来られなかったのは俺のせいか・・・
まぁ姿は何であれ、これで彼女はようやく俺と向き合ってくれる
皇太子ではなく男として向き合ってくれる
やはり喜びは隠し切れない。俺は握りしめた彼女の手に力を込めた
『殿下?あ・・・あの・・・ひとつお願いが・・・』
願い?何でも聞いてやろう
『なんだ?』
『そろそろ新しい舞台のキャストを決める時期なんです。私は今公演中の舞台が千秋楽を迎えたら
舞台を降りようと考えています。』
彼女が・・・劇団を辞める?まぁ・・・そうでなければ話を進められない
『そうか。』
『私が引退するまでは私のことを公表しないと約束してくれますか?
最後まで役者でいたいんです。』
『あぁもちろんだ。約束しよう。』
確か今やっている芝居はあと一カ月程で終わる筈だ
その一カ月が待てないほど俺もせっかちではない
『それまでは精一杯役に没頭したいんです。お逢いできなくても・・・いいですか?』
逢えない?それは・・・ちょっと・・・
俺は自分でも顔を顰めてしまうのが分かった
『ダメですか?』
『それは・・・』
『マスコミも私を張っているようですし、もし逢っているところを見つかるとまた騒ぎになります。
最後だから集中させてほしいんです。』
彼女に天職とまで言わせた役者の、最後の舞台だ
一カ月逢えなくてもその先はずっと一緒にいられるのだ。今は辛抱するべきだろう
『わかった。だが俺が芝居を観に行くのは構わないだろう?もちろん今日のように私服にしよう。』
『はい。』
『電話も・・・構わないだろう?』
『はい。』
彼女はにっこりと微笑んだ
あぁ・・・男装にその屈託のない笑顔は非常にミスマッチだ
『俺からもひとつ・・・頼みたいことがある。』
『なんでしょう?』
『皇太子と呼ぶのはやめてほしい。』
『えっ?』
『俺の名前を知っているだろう?』
『はい。イ・シンさんです。』
『シンと呼んでほしい。』
『えっ?呼び捨てっていうのはちょっと・・・。じゃあシンさん?』
『硬いな・・・』
『では・・・シン君でどうでしょう?』
『あぁ。それがいい。』
彼女がぐっと身近に来たような気がした
『そろそろ行かないと・・・』
そう言い立ち上がった彼女を、俺はやはり抱き締めてしまった
傍から見たら絵にならない光景だが、ここには他に誰もいない
さすがに男装の麗人ではそれ以上の行為に及ぶことはなく、俺は彼女を開放した
『また電話する。』
『はい。シン君・・・』
思わず心臓が飛び出そうな衝撃・・・扉を閉める際、彼女は一カ月個人的に逢うことができなくても
俺を虜にする笑顔を残し去っていった
一カ月間・・・彼女が最高の演技ができるよう邪魔はすまい
彼女と逢えない一カ月の間に、俺は彼女を迎える準備を秘密裏に進めようと心に決めた
宮に戻った俺はまず三陛下に報告を済ませた
そして後日、王族に招集をかけシン・チェギョンを皇太子妃に迎える決定事項を伝えた
もちろんこの件は夫人や娘達には内密で・・・と念を押した
王族からマスコミに話が漏れるようなことがあっては拙いからな・・・くくっ
彼女と逢えなくても、彼女が皇太子妃になる準備は着々と進んでいった
(チェギョンside)
彼に逢ってプロポーズを受けると返事をした
彼は自分のことを名前で呼ぶようにと願い、私はそれに応え呼んでみる
シン君・・・なんだかものすごく気恥ずかしい
初めて彼に逢った日に天職とまで言い放った女優の道
その舞台を自らの脚で降りることを選んだ私
最後まで気を抜かず、最高の演技を観客に届けるのが私の使命
頑張らなくちゃ・・・
彼に返事をした翌日、私は劇団の代表に退団する旨を告げた
劇団側もそろそろ新しい芝居のキャスト選出に入っていると知っていたからだ
代表は私が退団すると申し出た時、残念そうな顔の反面どこかほっとした表情を見せた
一国の皇太子に望まれた女優の扱いには、やはり神経を使っていたのだろう
『チェギョン・・・退団後はどうするの?』
私は微笑んで答えた
『まだ何も考えていません。少しゆっくりして、それから先の事を考えようと思います。』
もちろん嘘だった
退団した瞬間から彼は私に≪皇太子妃≫としての役名を授けるつもりなのだろう
ゆっくりしている暇もなさそう・・・くすくす
でも・・・彼が私を本気で想ってくれている事だけは、すごく伝わっている
だから今までとは全く無縁の世界に飛び込もうとしているのだけど、決して怖いとは思わない
もし窮地に陥るようなことがあったら皇太子妃を立派に演じればよいのだ
彼の愛情を一身に受け妻として生きていけるのだから、そのくらい容易いことだ
もちろんその大きな決断は親友でありルームメイトのガンヒョンにも一番に報告した
『ガンヒョン・・・私、退団を決めたわ。』
『そう。いつ?』
『今回の舞台が終わったら・・・』
『寂しくなるわね。それで・・・殿下のお話は受けたの?』
『うん。』
『ふふ・・・きっとそうなると思ったわ。アタシも・・・迷っているのよね~~!』
なんだかいつになく悩んでいるガンヒョンに、私は驚いて問いかけた
『どうしたの?ガンヒョン・・・』
『プロポーズされたのよ。』
『えっ?まさかギョン君?』
『アイツしかいないでしょう?アタシにプロポーズする男なんて・・・』
『そんなことないわよ。ガンヒョンは人気者だもん。』
『馬鹿ねアンタ・・・今までアタシ達に言い寄ってきた男が他にいた?』
『あ・・・そう言われてみれば確かに・・・』
そう・・・娘役のヒョリンやスニョン・ヒスンは熱烈な男性ファンも男友達も多いが、私とガンヒョンときたら・・・
今まで浮いた話のひとつもなかったのだ
『ひとまずアンタが退団してから考えるわ。まだアタシもトップのままいけそうだし・・・』
『そうねガンヒョン。よく考えて・・・』
悪い話ではない。ギョン君はものすごくガンヒョンを大切に想っているし、チャン家と言ったらとんでもない名家だ
玉の輿・・・そういうと聞こえはいいが、意外と苦労することも多そう
特に平凡な家に生まれ育った私とガンヒョンは、すごく苦労するのかもしれない
だけど私達は窮地を演技で切り抜けることができる
ガンヒョンがギョン君を受け入れたとしても、それは容易く解決がつく問題だろう
誠心誠意・・・心を込めた舞台を演じ・・・本日千秋楽を迎えた
つまり私の引退公演だ
彼は当然のように観に来ると言っていた
最後の舞台の緞帳が上がる
私は男役トップスターの威厳にかけても、この舞台を必ず成功させる
(画像は我が家のガザニア)
土曜日曜と・・・大変お騒がせいたしました。
当ブログに起こっていた不具合は解消されました。
大変ご迷惑をおかけいたしました。
全くどうしようかと思ったよ・・・
展開が早くてすまんね。
次回チェギョンは引退します❤
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