皇太子という重責を背負い国政に携わるうち、気が付けば俺は28歳になっていた
早く婚姻をと急かす声は日に日に大きくなり、最近では夢の中まで聞こえてくる始末だ
何度となく開かれた≪交流会≫という名の見合いパーティー
王族の同年代の娘達は、俺のあまりにも興味のない表情に≪皇太子妃≫になる儚い夢を諦め
然るべき家柄の家に嫁いでいき、今では10歳以上歳が離れていると思われる子供が
パーティーに顔を出すようになった
もちろん話など合う筈がない
必死に背伸びをして俺と話そうとするのだが、少しばかり俺が意地悪な質問など投げかけた折には
蜘蛛の子を散らすように逃げていく
無駄な足掻きは・・・最初からしない方がいい
しまいには≪皇太子殿下は男色じゃないか?≫などという噂まで囁かれる始末
残念だな。俺は至ってノーマルだ
ただでさえ公務で疲れているというのに、周囲の声が騒がしすぎて俺は日々鬱憤を募らせていった
そんなある日・・・中・高・大とずっと一緒だった悪友のチャン・ギョンから一本の電話が掛かってくる
『皇太子殿下っ♪お元気でいらっしゃいますかぁ~?』
今やチャン航空グループの副社長だというのに、相も変わらぬこの口調・・・だが今の俺には
救いの神の様に思えた
『くっ・・・ギョンか。久し振りだな。元気かだと?お妃問題で周囲が煩くて頭が痛い。』
『そ~か~~♪じゃあさ・・・気分転換が必要だよね。今夜・・・暇?』
『おい・・・皇太子に向かって暇?って聞くか?』
『大変失礼いたしました。お暇ですか?』
『同じだろう?くくっ・・・何か面白いことでもあるのか?』
『大ありだよ~♪この俺様の好きな人を見ていただこうかと思ってさ。お芝居観に行かない?』
『芝居?お前の好きな相手は女優なのか?』
『うん~~♪そうなんだよ。ね~~行こうよぉ~♪絶対損はさせないからさぁ・・・』
芝居を観る気分ではなかったが、ギョンの顔を見たくなった俺は迷うことなく返事をした
『そうだな。時には気分転換も必要だな。』
『でしょ~~♪じゃあ決まりっ!!』
『待ち合わせは?』
『国際劇場の前で19時に・・・。あ!!一応お忍びってことで護衛の職員の分も三人余分にチケットを
取ってあるから♪』
『用意周到だな。』
『なんの事はないVIPルームには定員五人しか入れないんだよぉ・・・』
『そうか解った。じゃあイギサは三人連れて行く。』
『シン・・・一応サングラスとかして来いよ。お前は世間に顔が知られているからさぁ・・・。
マスコミにスッパ抜かれたら拙いだろう?』
『あぁもちろんそうするつもりだ。』
なんとなく久し振りにギョンと逢えると思うと心が弾んだ
俺はその日予定していた決済を早急に済ませ、約束の時間約束の場所にイギサ三名だけを連れ赴いた
ところが・・・
その場所に行ってみると非常に狼狽しているギョンの姿があった
『ギョン・・・どうかしたのか?』
『それがさ~シン・・・俺のガンヒョンが、今日は・・・急病で出られないって・・・』
はぁ?つまりギョンが俺に逢わせたいと言っていた女性はこの芝居に出ないと言うことか?
折角久し振りに逢えたギョンの表情も塞ぎがちで、俺の気持ちまで沈んでいくようだ
『シン・・・一緒に来てくれよ。俺・・・代役のチェギョンに事情を聞いて来る。』
『あぁ。それがいいだろう。』
ギョンは受付でチケットを渡し、俺達五人は劇場の中に入っていく
そしてどうやら出演者の控室に向かっているようだ
『ギョン・・・お前こんな場所に出入りできるのか?』
『うん。チャン航空はこの劇団のスポンサーだからね。当然さ。』
そして控室の中の一室をギョンはノックする
<トントン>
『はい。どうぞ~♪』
中からは明るい女性の声が聞こえた
ギョンはその扉の中に入り、どうやら本日の代役を演じる女性と話をしているようだ
俺は扉の外でその会話を聞いていた
『チェギョン・・・ガンヒョンは一体どうしたの?』
『あ~ギョン君、あのね・・・ガンヒョンたら今日のリハーサルの時、足首を捻挫しちゃって・・・
今日は大事とってお休みにしたのよ。』
『えっ?病院はどこ?俺・・・行ってみるから・・・』
おい・・・ギョン、俺の事を忘れていないか?
『もうとっくに自宅に戻ったわ。』
『そうなんだ~~~。はぁ・・・折角ガンヒョンを観に来たのになぁ。今日のところは帰るか。』
『ちょっとぉ~ギョン君、それはあんまりじゃないの?ギョン君のことだからどうせVIP席を押さえたんでしょう?
あの席・・・なかなか取れないのよ。私が代役だからってVIP席を空けるつもり?
折角来たんだから観ていってよ。後悔はさせないから・・・』
後悔はさせない・・・ギョンと同じ事を言う
『う~~ん。解ったよ。ちゃんと観て行くよ。その代わり・・・ガンヒョンに俺のこと売り込んでおいて♪』
『馬鹿ねギョン君・・・ガンヒョンにそんな手が通じると思うの?そんな弱気なことじゃあ・・・一生片想いよ!!』
『ちぇっ・・・。じゃあチェギョン、俺席に着くね。今日のお芝居・・・しっかり頼んだよ。』
『任せておきなさ~~い♪』
その部屋から出てきたギョンは、明らかに落胆した顔つきで俺達をVIP席に案内した
VIP席は劇場の二階・・・一番奥まった場所にあってガラス張りの個室になっている
まぁ主に経済界の大物など財力のある者しか足を踏み込めない場所だ
俺とギョンはそのガラス張りのブースの中で芝居が始まるのを待ち、イギサ達はブースの外で護衛にあたった
俺の娯楽のために付き合わされるなんて少し気の毒な気もしたが、こうでもしないと俺は観劇さえできない
これも職務だと諦めて貰おう・・・そんなことを思っていた時会場は暗転し、舞台の幕が上がった
あぁ?あの主役の男・・・なんとも身のこなしがスマートだ
オペラグラスを覗いてみると口髭を蓄え実に美しい男だ
っつ・・・こんな事を思うから≪男色≫を疑われてしまうのか?
しかし・・・舞台とはいえ濃いメイクだな・・・そんなことを心の中で呟いた時、隣にいるギョンが呟いた
『あ~~あの役はガンヒョンが演じる筈だったのになぁ・・・』
ガンヒョン?それはお前の好きな女性の名前だろう?あぁ?
首を傾げる俺にギョンは教えてくれた
『ここは女性ばかりの歌劇団なんだ。国一番の歴史がある歌劇団さ。』
『はぁ?つっ・・・つまりお前の好きな女性は・・・』
『そう。男役だよ。今日代役をしてくれているチェギョンとはダブルキャストなんだ~♪ガンヒョンと交代で
主役を張ってるんだよ。』
では・・・あの男は先程ギョンが話をしていた女性か?
念の為俺はギョンに問いただした
『じゃああの男は・・・本当は女か?』
『そう。男装の麗人ってやつだよ~♪』
嘘だろう?そう思って俺は再びオペラグラスであの男を凝視した
確かに・・・そう言われてみれば、顔は女性っぽい部分も感じられた
惚れ惚れする様ないい男が・・・実は女性だったと聞いて俺は愕然とする
『ギョン・・・あの女性の名前は?』
『チェギョン。シン・チェギョンというんだ。』
『シン・チェギョン・・・』
ヒロインをかき抱くその腕もヒロインに向けるクールな視線も、なんだか背筋がぞくぞくするほど扇情的だ
こんな風に口説かれたら女性は容易く陥落することだろう
『ぎょっ・・・ギョン!!キス・・・キスしているぞ!!』
舞台上で繰り広げられたあまりにも熱烈なラブシーンに驚き、俺はギョンに向かって声を上げた
『馬鹿だなぁ・・・シン・・・本当はしてないって。』
『いや・・・どう見てもしているようにしか・・・』
『本人達に聞いたんだから本当だよ。してない。しているように見せているだけさ。』
『そっ・・・そうなのか?』
シン・チェギョンが生物学的に男だったらそれもあるだろう
だが・・・女性同士と知って妙に動揺してしまう俺
あの太い声は一体どこから出しているんだ?先程のギョンとの会話では普通の女性の声だった
ギョンとまた観劇に行くという約束をし別れた後も、俺はあの男装の麗人シン・チェギョンのことが
頭から離れなかった
翌日・・・朝の挨拶に本殿に向かった俺は陛下に問い掛けられた
『太子・・・昨日は出掛けたらしいが・・・』
『はい。大学時代の友人と観劇に行って参りました。』
『ほぉ~太子が観劇など珍しいのぉ・・・。一体どんなお芝居を観て来たのだ?』
芝居の内容?まったく頭に入っていない・・・とにかく男装の麗人に見惚れて終わった時間だった
『女性ばかりの歌劇団の芝居を観て来たのです。』
『なにっ?それはひょっとして・・・ソウル歌劇団か?』
『はいそうです。ご存知でしたか。皇太后様・・・・』
『もちろんだ。皇室に嫁ぐ前、良く観に行ったものだ。あの劇団は素敵な役者が揃っておる。
のぉ・・・皇后も観たことがあるだろう?』
『もちろんでございます皇太后様。観劇に行った後は数日腑抜けの様でございましたわ。
男装の麗人が・・・それはもう麗しくって・・・』
『おぉ~~やはりそうであったか。時代が違ってもやはり良いものは良いのぉ。』
『本当でございます。太子もきっと目の保養になったことでしょう。娘役も麗しいですから・・・』
いや・・・皇后様、私が目を奪われたのは男役の役者です・・・とはとても言えない
皇太后様と皇后様が目を輝かせ嬉しそうにしているのを横目で見て、皇帝陛下は俺を睨みつけた
『太子・・・もうそなたも30に手が届く頃なのだぞ。観劇などにうつつを抜かしていないで
早く王族の娘の中から皇太子妃を決めなさい。』
溜息ばかりだ
なぜ王族の娘でなければいけないのだ?
王族の娘などを入宮させても、その家が権力を強めるだけではないか
そんなセリフも王族出身の皇太后様や皇后様の前で言える筈もなく、俺は苦笑しながら東宮に戻っていった
寝ても覚めてもあの男装の麗人シン・チェギョンの姿が目に浮かぶ・・・
あまりにも溜息ばかりを吐く俺に、コン内官は何かを察したかのように提案を持ちかけてくれた
『殿下・・・先日のお芝居が気に入ったようにお見受けいたしますが、もう一度観に行かれますか?』
なにっ?もう一度?
あぁ待て・・・確かダブルキャストだと言っていたな
俺はシン・チェギョンの出演する日を調べ上げ、今度は堂々と国際劇場に赴いた
VIP席などでは細部に渡った演技がよく見えない
前から三列目の席・・・その前後の列を相当数東宮一行で埋め尽くし、俺は頭の中を支配して離れようとしない
シン・チェギョンに逢いに行った
(画像はご近所の薔薇屋敷の薔薇)
タイトルの≪カゲキ≫・・・とは
過激ではなく≪歌劇≫だったんですね~♪
一話でバレちゃったぜ(≧▽≦)ノ”ギャハハハ!
6周年記念のお話
teracoさんからのリクエストにより
お送りさせていただきます~❤
しばしお付き合いくださいね★
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