東宮車止めに公用車が到着した時、後部座席から降りて行ったシンとチェギョンの前に
イギサ達は一斉に立ちはだかる
『道を開けろ!!』
威圧的に告げたシンに怯むことなく、イギサ達は尚もその数を増やした
シンはチェギョンの手を握り締めたまま、イギサの間を押しのけるように本殿に向かって足を勧めた
『私の邪魔をするな!』
触れたら許さないとばかりの鋭い眼光は、イギサ達を凍りつかせその場に全員立ち尽くした
シンはイギサ達の邪魔が無くなったことを知ると、安堵したようにチェギョンの手を握り直し
そしてもう片方の手でチェギョンの腰を抱いた
今…陛下の暴挙から守らねばならない唯一の女の子・・・それは自分が心から望む人だった
長い回廊はこの先の二人の前途を示すかのように、暗く・・・そしてぐにゃりと湾曲しているように感じられた
本殿に辿りついた時シンとチェギョンに一番に気が着いたのは、やはりシン内官だった
もちろん二人が本殿に向かっているとの報告は受けていたのだが、シン内官にはまさか自分の娘が
皇帝陛下を訪ねてくるなどと言う事態は、予想もしていなかったのである
『チェ・・・チェギョン・・・』
つい娘の名前を呟いたシン内官に、シンは陛下への面会を申し込む
『陛下にお目通りを願いたい。』
『殿下・・・まさかと思いますが、娘も同席させるのですか?』
『もちろんだ。』
『・・・かしこまりました・・・』
シン内官は狼狽しながらも陛下にその旨を告げ、そして陛下の部屋の扉を開けた
重苦しい音を立て皇帝陛下の部屋の扉は開かれた・・・
シンはチェギョンと手を繋いだまま、その部屋の中に入って行く
もちろんシン内官も隣の間で控えている・・・その顔は内官としてではなく一人の父親として
不安で押し潰されんばかりの表情をしていた
『太子・・・今は授業中の筈ではないのか?しかも内官の娘など連れて、一体私になんの用なのだ?』
『陛下・・・シン・チェギョンの海外留学を手配したのは陛下ですね?』
『その通りだ。』
『どうか取り消してください!彼女は何も悪いことはしていません。
それに彼女は・・・私が初めて大切に想う女性です。このまま傍に置かせてください。
どうかお願いいたします。』
『内官の娘をそなたの傍に?置いてどうすると言うのだ!よくない噂が立つばかりではないか!』
『陛下・・・私は真剣なお願いに伺ったのです。このシン・チェギョンと婚姻を前提にお付き合いしたいんです。』
『はぁっ・・・太子よ。以前から言っているであろう?皇族の結婚はその国の未来を左右する。
伴侶の善し悪しによっては国全体の経済にも影響すると!!
王族会の推薦する令嬢は、どれもその期待を裏切らない者たちばかりだ。
つまりはそなたの婚姻が、国の経済波及効果にもなろう。
つまらない一時の感情に流されず、大人しく王族会の推薦書の中から妃を選ぶのだ!』
『いやです。私が言葉に出して陛下に逆らった事など今まで一度もありませんが、今回ばかりは我慢なりません。
私は自分の目で…心で決めて、このシン・チェギョンを選んだのです。
愛情の伴わない婚姻など、この国の発展に結びつくとは思えません。
どうかお認めください。』
『太子よ・・・愛情などと言うものは一時の感傷にしか過ぎない。
まだ子供のそなたが、この先の長い人生その気持ちを持続させていけるのか?』
『行きます!必ずこの気持ちを生涯忘れず、彼女を守ります。』
『くくくっ・・・そんなことを感情で言ってしまえる事が子供だという証拠だ。』
皇帝陛下は口元だけ嗤いを浮かべ、シンから視線をチェギョンへと移した
そして無言の圧力を掛けながらチェギョンに問い質した
『シン内官の娘チェギョン・・・そなた、太子のこの言葉を受けてどう思って居るのだ?
内官の娘としてしっかり言い聞かせてやっては貰えぬか?』
今まで俯いていたチェギョンではあったが、陛下からの問い掛けに顔を上げじっと陛下を見返した
(可哀想だ・・・殿下はこんな世界で生きて来たんだ。
自分の好きなものも好きと言えない世界。。。決定権は自分にない環境
解っていた。確かに私は知っていた。でも・・・ここまで・・・実の父親にここまで言われるとは。
お父さん・・・ごめんなさい。
今私が殿下にして上げられることは、正直な自分の気持ちを聞かせてあげることだけ・・・
もう陛下の元に来てしまった以上は、お父さんも只じゃすまないことも解ってる。
でも・・・殿下の気持ちを今否定してしまったら、殿下は・・・殿下には何も無くなってしまう。
せめて・・・自分が好きだと言った相手から想われていたという記憶をあげたいの。
ごめんなさい・・・お父さん。私は正直な気持ちをここで言うよ!!)
『陛下・・・内官の娘としてではなく。一人の娘として申し上げます。
殿下の事を・・・心からお慕い申しております。
許される立場ではないことも解っております。
ですが自分に嘘はつけません。殿下をお慕い申しております。』
陛下からしてみれば内官の娘チェギョンからの、予想もしていなかった返事である
陛下は感情を昂らせシン内官を呼びつけた
『シン内官!!ここに来なさい!!』
控えていた隣の間から、おずおずと姿を現したシン内官・・・その顔は驚きと後悔の入り混じった
複雑な表情を浮かべていた
『はっ!陛下。』
『君は・・・娘の教育を間違えたようだ。君の進退についてはあとで通達する。』
『かしこまりました陛下。』
陛下の八つ当たりの様な父への言葉に、チェギョンは慌てて陛下に願い出た
『陛下・・・私の言った言葉は父の責任ではございません。
父は長く陛下にお仕えして参りました。私は・・・陛下の臨むままの処分を受けますので
どうか父の処分は穏便にお願い申し上げます。』
『くっ言われるまでもない。シン・チェギョン・・・内官の娘の分際で、殿下をかどわかした罪は重い。
生涯この国に戻って来れぬ処分を命ずる!!この者を連れて参れ!!』
『待ってください陛下!!お願いですから、私の話を聞いてください!!シン・チェギョンを海外追放するなんて
そんなひどい処分はおやめ下さい!!彼女は悪くないんです・・・すべて私が・・・』
イギサに捕えられ部屋から連れ出されるチェギョン
シンは陛下の脚元にひれ伏し恩赦を願い出ようとした
だが、チェギョンのその正々堂々とした態度は、逆に陛下の感情を逆なでしシンもイギサ達に取り囲まれ
しばらく東宮に幽閉されたと言う・・・
予定通りチェギョンの海外留学の日。。。いや、海外永久追放の日
父ナムギルはチェギョンを見つめ涙を零した
『チェギョン…まさかお前が、真剣に殿下に恋をしてしまっていたなんて私は思いもせずに
酷なことをさせてしまった。すまなかった。チェギョン・・・』
『お父さん、私こそごめんなさい。内官の職を追われることになっちゃって・・・』
『いいや、今陛下の下で仕えるのは私も辛すぎる。左遷される皇室の療養地で、母さんやチェジュンと一緒に
のんびり暮らすことにするよ。チェギョン・・・休みが取れたら必ず逢いに行くから、元気で・・・頑張ってくれよ。』
『うん。お父さん、お母さんとチェジュンをよろしくね。私はなんとか自分の道を見つけるよ。』
『ああ。。。』
元はと言えば皇太子の素行を正すため派遣されたチェギョンが、なんの因縁か皇太子と恋に落ち
そして国を追われる羽目になった
すべては不甲斐ない自分のせいだと父ナムギルは思った
『じゃあお父さん・・・元気でね。』
『ああ。元気で・・・』
まっすぐ前を向いたチェギョンは、皇室の二人の女性職員に囲まれ愛する人をたくさん残したこの地を
去って行った
そしてその後シン家は家を引き払い、遠方にある皇室の療養地に引っ越したそうである
チェギョンが海外に留学という名の追放をされたあと、数日たって漸くシンは学校に登校することが出来た
だが・・・もう皇太子ルームは女生徒を出入り禁止とされ、今まで華やかに人の輪の中心にいたシンは
一人でいることを好む様になった
皇帝陛下の仕打ちに対して絶望したのか・・・それともシン・チェギョンが既にこの国に居ないことに絶望したのか
一切の感情も外に出さなくなったシンを、ギョンとガンヒョンは心から心配していた
そしてそんなある日・・・皇太子ルームを訪れたギョンとガンヒョンは、
シンからあの日の顛末を聞かされるのだった
<トントン>
『ここは立ち入り禁止と書いてあるだろう!!』
憤慨する声が扉を揺らすほどの勢いで返されたが、ギョンはいつも通りに平気な顔をしてその扉を開けた
『シン…俺だよ。入ってもいいかな?』
『ギョンか・・・あぁ。』
『ガンヒョンも一緒なんだけど・・・』
『構わない。』
二人は皇太子ルームの中に入ると即座にその扉を閉めた
そして…まるで抜け殻の様になってソファーに腰掛けているシンの前に、同時に腰を下ろした
『あの日の事を・・・あのあとどうなったのか知りたいんだ。』
『言いたくなさそうだけど、アタシ達も関わったことだから教えて貰えない?』
シンはソファーに凭れたままの姿勢から身を起こすと、姿勢を正し二人に哀しげな瞳を向けた
『あのあと・・・皇帝陛下の元へ二人で行った。
チェギョンの留学を取り辞めてもらおうと・・・そして二人のつき合いを認めて貰おうと必死だったよ。
だが・・・皇帝陛下は耳も貸さなかった。
チェギョンが・・・俺を好きだと言ってくれたんだ。
自分の立場も父親の立場もかなぐり捨て、俺を好きだと言ってくれた。
なのに・・・そのチェギョンを守ることが出来なかった。
チェギョンは・・・海外永久追放の処分を受けた。』
顔を両手で覆いその後の言葉を閉ざしたシン・・・それ以上何を言うこともできなかった
チェギョンを探し出したくても自由に国を出ることはおろか、宮すらも出ることのできない自分
常に監視されている立場
歯がゆさに胸が軋む
そんなシンを見つめ、ガンヒョンは重い口を開いた
『チェギョンの携帯・・・解約されたみたい。連絡が取れないのよ。
実家にも行ってみたんだけど引っ越したみたい。
殿下・・・チェギョンの実家がどこに引っ越したのか知らない?』
『俺にそれを・・・誰が教えてくれると言うんだ?教える筈がないだろう。
内官や尚宮…女官にまで聞いてみたが、みんな口を噤む。。。』
『そうよね。殿下に教えたらって思うわよね。』
溜息を吐く一同・・・そんな時ギョンが何か思いついたように目を見開いた
『そうだ!!確かガンヒョンは王族会推薦のご令嬢だったよね?』
『ふんっ…確かにね。』
『王族会に知人とかいないの?』
『知人・・・?あぁ・・・大伯父さんが確かいた様な・・・』
『王族会には今回の一件は知られていない筈だよ。だって・・・婚姻前のスキャンダルになるわけだし。
ちょっとその大伯父さんの伝手から、チェギョンの実家がどこに引っ越したのか調べられない?』
『解ったわ。やってみる!!』
ギョンは憔悴しきったシンの肩を身を乗り出して軽くたたくと、明るく声を掛けた
『シン…俺達がついている!!お前は自分の信念だけしっかり守れ!!いいなっ!!』
漸く顔を上げたシンは二人の顔を見比べ、再び瞳に光を灯した
『あぁ。助けて・・・くれるか?』
『『もちろん!!』』
こうして…シン・チェギョンに辿りつくための、遠い道のりをシンは前を向いて歩き始めたのであった
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ーーーではっ!次回から二元中継でお送りいたします。皆様頑張ってね♪ーーー