チェギョンの緩く重ね合わせた手の隙間から、蛍は光を放ち飛び立っていった
『あ!!逃げちゃった…』
残念そうに唇を尖らすチェギョンに、俺は問いかけた
『もう一度捕まえるか?』
するとチェギョンは満面の笑みを浮かべて首を横に振る
『ううん。蛍だって自由に飛んでいた方が幸せだよ。』
『そうか?』
『うん。きっとそうだよ♪さてと…』
チェギョンに促がされ俺達が立ちあがると・・・その周辺の草はざざっと音を立て揺れ
その音に驚いた蛍達は一斉に遠くへ飛んで行った
辺りにはまた月明かりだけが灯る
『そろそろ帰らなくっちゃね♪』
『うん。』
そうだった。ただトイレに行くため家から出て来たというのに、随分長い時間を過ごしていたような気がする
俺にとっては初めての冒険の様な物だった
チェギョンに再び手を引かれ、蒼い月が照らす夜道を戻っていく
前を歩くチェギョンの影は、月の光を浴びて長く地面にたなびき・・・俺はその影を踏みながら楽しそうに歩いた
だが
突然その蒼く美しい月は厚い雲に覆われ、チェギョンの影どころか周辺までも真っ暗な闇に飲み込まれ
俺の目の前は真っ暗な世界だけが広がった
唯一の支えはチェギョンと繋いだ手だ。。。俺はその手をぎゅっと強く握り直した
決して離さない様に・・・決してはぐれない様に・・・そんな子供の俺の不安な気持ちはどうやらチェギョンにも
伝わったようだ
『ん?どうしたの?シン君・・・』
チェギョンが立ち止り、振り向いて俺にそう問いかけたその時だった
一匹の蛍がつぅ~っと光を放ちながら、チェギョンの肩に留ったんだ
チェギョンの肩でゆっくり点滅する蛍・・・俺はチェギョンに向かって首を横に振った
『なんでもない。』
『そう?』
チェギョンがそう答え家の方向に顔を戻し歩き始めた時・・・不意に周囲に明るさが戻った気がした
驚いて周りを見渡すと、チェギョンの肩に留った蛍の仲間だろうか。。。
俺達二人の周りを無数の蛍が飛び交い始めた
その数は一歩歩くごとに増え、その光景はまるで・・・俺達を家に送り届けるかのようだった
家に到着した時、蛍達はまた散り散りにどこかに飛んで行ってしまった
俺とチェギョンは家の中に入り、チェギョンはその大きな瞳をくりくりさせて俺に話しかけた
『蛍、綺麗だったでしょ?
ねえ…ところでさぁ・・・お爺ちゃん達、一体何をしているのかな?
探しに行ってみようか~~♪』
それは俺もまったく同感だと頷いた
『うん。』
俺達は宝探しをするようなワクワクした気持ちで、足音を忍ばせながらその小さな家の中を探し始めた
そして一階の奥の間から明かりが漏れてくるのを発見し、少しだけその襖を開けその隙間から覗いてみる
『あ…お爺ちゃん達お酒飲んでるよ。ずるいんだ~~!!』
『チェギョンは酒なんか飲むのか?』
『えぇっ?飲むわけないじゃん!!』
愚問だった・・・
『ねえシン君、シン君のお爺ちゃん、うちのお爺ちゃんに何か渡してる。
なんだろうアレ・・・』
『ん??』
俺は目を凝らして、その狭い隙間からその箱の中身を必死に覗き見る
『指輪・・・?』
『指輪?お爺ちゃんからお爺ちゃんへ?なんか変なの~~!』
二人共くすくす笑いたいのを必死で堪えながら、再び足音を忍ばせて階段を上った
『じゃあシン君おやすみ~♪』
『うん。おやすみ。』
襖一枚隔てた隣の部屋にチェギョンが居るという安心感もあり、俺はその部屋に一人だと言うのに
再びぐっすり眠ってしまったようだ
翌朝、朝食を摂っている間に迎えに来た宮の車に、急かされるように乗せられた俺と先帝
にっこり微笑んで右手を振ったあのシン・チェギョンを、どうして忘れてしまったのだろう
そうだ・・・
あの後先帝が崩御され、俺の生活も立場も目まぐるしく変わって行ったんだ
慌ただしい日々の中・・・仄かに残るたった一日の夏の日の思い出も、俺の中で記憶の底に
深く沈んでしまったと言うことか?
そして・・・その夏の夜の蛍は、ある時突然思い出の中から浮かび上がるのだった
:
皇太弟妃シン・チェギョンが、妊娠5カ月の安定期に入り漸くマカオから帰国したのち
ヘミョン皇女は皇位を退き王族会の子息の元に嫁ぐことを決めた
それと同時に陛下から譲位を受けた俺は、皇帝に即位した
妻チェギョンは出産前に皇后となり、まさしく目も回らんばかりの慌ただしさだった
俺が皇帝となり漸く世間が静かになったと思ったら、今度はチェギョンが出産を迎えた
第一子はギョムと名付け、公務と子育てに追われながらも充実した日々が過ぎて行った
チェギョンがマカオから戻って5年。。。
俺達は一男二女を授かり、益々幸せな毎日を過ごしていた
そんな夏の夜のこと・・・
コン内官が俺達の遠い昔の記憶の扉を開いたのだった
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ーーー全く夏風邪ひいて大変だったの。。。お返事はゆっくりさせてくださいまし❤ーーーー