『どうぞ・・・入ってくれ。』
ノックと同時に部屋の中から皇太子殿下イ・シンの声がする
チェギョンは意を決したようにひとつ深呼吸すると、その扉を開けた
『失礼します・・・』
部屋の中を見渡し教室と同じつくりとは思えない部屋の内装に、チェギョンは驚いて立ち尽くした
『そこに掛けて・・・』
『あ・・・うん。』
向かい合って座ったのは初めてである。チェギョンは一体シンがどのような用件で、この場所に呼び出したのか
不安を過らせた
するとシンはテーブルの上に小さな箱を載せ、それを開けるとチェギョンの手元に寄こした
『なに?これ・・・』
『約束が守れなかったから・・・』
『えっ?約束って?』
『チェギョンに毎回美味しいものをご馳走になって、なにも返せなかったから・・・』
『あ・・・』
そう言われてチェギョンは思いだした。それはあの無人駅で最後に逢った日に、シンが手渡そうとした箱だった
『そんなこといいのに・・・』
『いや、皇族が約束を破るなんてダメだ。受け取ってくれ・・・』
『解った。じゃあありがたくいただくね。』
チェギョンはその箱を引き寄せ蓋をすると、自分の膝の上に置いた
するとシンはそれが気に入らないとばかりにチェギョンに問いかけた
『食べないのか?』
『えっ?』
『ここで食べないのか?』
『あ・・・じゃあひとつだけ。』
チェギョンは箱の中から一つ焼き菓子を取り出し、包まれた袋を剥がしそれを口に運んだ
『美味しいね。これって・・・皇室御用達?』
焼き菓子の表面には皇室の紋章が刻まれている
『あぁそうだ。』
だがシンは気がついてしまった。あの時・・・無人駅で美味しそうにエッグタルトやマフィンを頬張っていた顔とは
違う事を・・・
『チェギョン・・・頼みがあるんだが。』
『なに?』
『あの無人駅で、また逢えないか?』
シンはあの無人駅だったら、あの時のようなチェギョンの笑顔が見られるような気がしたのだ
だがチェギョンは首を横に振った
『シン君・・・それは無理だよ。なんたって私・・・あの王族の人との話をチャラにするために、
これからバイト尽くめだし
あの駅まで往復するのだって、庶民の私には大変なんだよ。』
『そうか・・・。』
シンは自分が心の底から落胆していくのを感じた
あの無人駅で感じた自分にとってかけがえのない癒しの時間はもう二度と戻らないのか・・・
あの時のような笑顔が見たかった。あの無人駅だったらチェギョンは見せてくれるような気がした
(だが・・・もしかしたら俺が皇太子だからダメなのか?)
『じゃあ・・・ここでだったら逢えるか?』
『えっ?』
『時々で構わないからここに来てもらえないか?』
『あ・・・あのさ・・・それは構わないけど、今日クラスに私を呼びに来た人みたいに
≪皇太子≫を連呼されるのは困る。
ただでさえシン君は特別な人だよ。クラスのみんなの視線が痛いし・・・』
『あ・・・だったら俺から電話する。』
『うん。それだったら・・・』
思いがけずチェギョンの携帯番号を知る事が出来たシン。口角を上げがらそれを登録する
『じゃあ・・・連絡する。』
『うん。解った。じゃあ私行くね。』
『あぁ・・・』
自分の為に学校側から用意された部屋からチェギョンが出て行った後、思う事の半分も
話せなかった事に気づき、もっと引き留めればよかったとシンは密かに思う
だが・・携帯番号を手に入れる事が出来たのだ。チェギョンを悩ませている借金問題に関しては追々聞けばいい
そう自分を納得させるシンだった
一方・・・自分の教室に戻って行ったチェギョンは、いきなりクラス中の女生徒から取り囲まれた
『チェギョン、一体何の用だったの?』
『なぜ皇太子があんたを呼んだのよ。』
その輪の外にはガンヒョンも心配そうにチェギョンを見つめていた。だがヒスントスニョンはすぐ目の前に来て
チェギョンを追い詰める
『えっと・・・それはね・・・』
答えられるはずがない。チェギョンはもみくちゃにされ、制服のブレザーの中に隠し持っている焼き菓子の箱を
落とさないうように必死に押さえた
その時・・・
『チェギョンは僕の用事で皇太子に逢いに行ったんだ。だからチェギョンを責めないで。』
ソフトな物腰ながらはっきりとした口調で、イ・ユルがそう弁明すると女生徒達はぱっと
チェギョンの周りから離れ、ユルに視線を向けた
『ユル殿下・・・そうだったんですか?』
『うん。そうなんだ。だからチェギョンを苛めないで。』
『は~~い♪』
ユルがそう言ってくれたおかげで、チェギョンは女生徒達からそれ以上責められることなく
その後女生徒達は自分の席に着いた
席に戻った時・・・チェギョンはユルに向けて礼を言う
『ユル君・・・どうもありがとう。すごく助かったよ。』
『いいや。気にしないで。シンとは前から顔見知りなんだって?昨日シンから聞いたんだ。』
『うん。ちょっとした知り合い。』
『一体何の用だったの?』
『これ・・・くれただけ。』
チェギョンはブレザーの下から、こっそり焼き菓子の箱を取り出しユルに見せた
『あ~皇室の焼き菓子だね。これをくれたの?』
『うん。』
『ただそれだけ?』
『それだけだよ。』
親切にしてくれたユルに感謝の念を抱きながらも、それ以上の話は内緒にしておいた
チェギョンにとってもあの無人駅の事は、シンと二人だけの秘密にしたかったのだ
そして放課後・・・チェギョンは正門から自転車に乗ってでて行った
(あ~早く帰らないとバイトの面接に遅れちゃう!!)
学校は基本的にアルバイト禁止なのであるが、チェギョンは人目につかない皿洗いのバイトを見つけ
今日面接を申し込んだのだ
ところが・・・
『チェギョンさん♪』
いきなり車道に停まっていた車の中からハン・チョルスが降りてくる
『あ・・・こんにちは。』
『これからお茶でもいかがですか?』
『えっ・・・あっ・・・あのぉ・・・私これからバイトで・・・』
『ふぅ・・・そうでしたか。だったら週に一回でいいですから、私に時間を貰えませんか?』
『あ・・・でも・・・毎日バイトを入れる予定なんです。』
『だったら週に一回アルバイトで構いません。僕と逢ってください。
チェギョンさんに僕の事を知って欲しいんです。ちゃんとバイト料はお支払いします。』
『えっ・・・』
借金を肩代わりしてくれたハン家の息子の頼みを断ることはできず、チェギョンは頷いた
『解りました。これから面接に行くので週に一回ハン・チョルスさんに時間を空けます。』
『ありがとう。でしたら金曜日を僕に独占させてください。』
『解りました。』
『これ・・・僕の連絡先です。』
『はい。ではまた連絡させていただきます。』
『待っています。』
ハン・チョルスにしてみれら、将来の伴侶にと思っているチェギョンを皇子二人が非常に気にしていた事が
不安であり・・・さらには自分は大学生で、学校でチェギョンに逢える皇子二人に
後れをとっている事が心配で仕方がないようだ
チェギョンはハン・チョルスと別れてから、大急ぎで自転車を飛ばしている
(もぉ~~今日は一体何なの?あぁ・・・なんかもう頭の中がぐちゃぐちゃだ。)
それでも立ち止まってはいられない
自分の自由を勝ち取るために、必死で自転車を漕ぐチェギョンだった
もうさ・・・聞いて下さいよ。
第一王子ったら、ただでさえ車の運転が心配なのに
今日は携帯失くしたんです。
なんだか最近ストレス溜まりますぅ・・・